五百二十一話 一夜目 その11
「雑用ばかりさせていることに、あたしは心から申し訳なく思っている。でも、あの子はどう? ちゃんとあんたに感謝してる?」
……感謝はされていると思う。
でも、こんなこと当たり前になりすぎて、感謝の言葉をもらうことはめったになくなった。
「梓は分かるのよ。あんたの妹だから……実際に家族なんだから、中山にすべてをゆだねている意味が理解できる。でも、どうして霜月は梓と同じような態度を、あんたにとってるの?」
「それは、信頼されているから……って、俺は思ってる」
「信頼? そんな言葉で片づけないで。あれは『盲信』よ。あんただったら何でも許してくれるって、そういう前提にしか見えない」
盲目的に、信じている。
その思いを、嬉しくないと言えばウソになるだろう。
それだけ俺のことを頼りにしてくれているのだ……その感情を否定することはできない。
でも、それが必ずしも、しほと俺にとって良いこととは限らない。
「これはあたしの持論なんだけどね……無償の愛って、家族間でしか成り立たないと思っている。これは感情的な話ではないわ。生物学的に、遺伝子を残すという意味でやっぱり『家族』という関係は特別なのよ。そういうふうに、刷り込まれている」
……まぁ、厳密にいうと俺と梓は血がつながっていない。だから、反論しようと思えばできる。
でも、胡桃沢さんはそういうことが言いたいわけじゃないことは分かっているので、何も言わなかった。血は関係なく、梓とは幼いころから同じ生活をしているのだ……つまりは家族として過ごしてきたのだから、家族なのである。
でも、しほは違う。
彼女は家族ではないのだ。
「霜月の水着を見てドキドキするくらい好きなんでしょ? ちゃんと彼女のことを異性として認識しているんだったら……今の関係は、あんたにとってすごく辛いことだと思う」
――その通りだった。
俺は、しほのことを家族とは思っていない。
どうしても、梓と同等とは思うことができない。
俺にとってしほは、やっぱり大好きな『女の子』なのである。
それなのに、しほからは『異性』として認識されていない……いや、そういうわけではないか。
彼女も、時折俺と一緒にいると照れたり、ドキドキしたりしてくれる。
でも、それは俺ほどじゃない。
どちらかというと、彼女は俺と一緒にいることに慣れてきて……ドキドキするような頻度が減っている。
その結果が、今なのだ。
「倦怠期……とはちょっと違うわね。そもそも付き合ってないんだから、そういう関係になるのはおかしい。でも、それに近い状態にはなりかけているんじゃない?」
胡桃沢さんの指摘は鋭かった。
「このまま、今と同じ関係が続けば……いずれ、冷めてしまうかもしれないわよ?」
「……しほが俺を好きじゃなくなるってこと?」
「いいえ、違う。あんたの『熱』が、なくなるってことよ」
しほじゃない。
俺の恋心が、なくなるかもしれない。
そう、胡桃沢さんは言っている。
「昼間からずっと言ってるでしょ? 中山は悪くないのよ……あんたの思いは、情熱は、しっかり見えているし、感じ取れる。でも、霜月がその熱を無視してるのが、問題ね」
俺ではない。
この関係性の根本的原因は……霜月しほだった――
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