五百二十話 一夜目 その10
もし、しほとの関係性が変わらないままだったとするならば。
はたして俺はどうなるのか。
胡桃沢さんの言う通りに壊れてしまうのだろうか。
「このままだとあんたが『中山』ではいられなくなる……そう、あたしは思う」
俺が、俺じゃなくなる。
それが、彼女の言う『壊れる』の意味らしい。
「中山、正直に言って。我慢してることとか、気にしないようにしていることが、たくさんあるんじゃない?」
「…………」
我慢してること。
気にしないようにしていること。
そんなのない――と、言いたい。
でも、やっぱりそれは嘘になってしまうだろう。
「あんたは、霜月と『付き合いたい』と思ってるでしょ? でも、霜月のせいでそれができなくて……我慢している、ように見える」
まさしくその通りだった。
俺は、しほと恋人になれないことを、我慢している。
「でも、しほの準備が整っていないから、待たないといけなくて……っ」
それでも言い訳がましい言葉が出てくるのは、まだ認めたくないからだろうか。
胡桃沢さんの言葉に頷いてしまったら、しほとの関係性がうまくいってないことを肯定しているような気がして、なんとなく嫌だったのである。
でも、そういう部分が……胡桃沢さんは、気になるようだ。
「――中山らしくないわね」
たった一言。
しかし、その言葉に俺は何も言えなくなった。
俺らしくない。
それは、どういうことなのか……理解できなくて、混乱していたのである。
今の言葉は、むしろ『中山幸太郎』らしくないだろうか。
相手の気持ちを尊重して、自分の意志を優先しない……自己中心ではなく、他者中心の思考は、俺の良いところだと……思っていたのに。
「待つことは、霜月のためにならないわよ。もちろん、あんたのためにもね……誰のために、あんたは我慢してるの?」
……え?
しほのために、待っているつもりだったのに。
俺の行動は……誰のためにもなっていないのか?
じゃあ、何のために?
……そうか。
強いて言うのであれば、ただ一つだけ……『それ』にだけ都合がいい行動では、あった。
(『物語』にとっては、都合がいい展開かもしれない)
終わりかけたラブコメを引き延ばす。
そのためだけに、待っている……そう感じたのである。
胡桃沢さんの言うとおりだ。
俺らしくない。他者中心ではなく、物語を中心に考えるなんて……メアリーさんの思考に近いかもしれない。
いや、彼女ですらないか。
この、意思を捻じ曲げられる感覚は……以前の感覚に近しい。
――物語の奴隷。
そうなっているような気がして、不意に胸が苦しくなった。
しほのためでも、自分のためでもない。俺は、作品のために我慢しているのだろうか。
ちゃんと成長したつもりだったのに……退化している自分が、情けない。
そっか。
これを胡桃沢さんは、懸念……じゃない。心配してくれていたのかもしれない。
「霜月のために、という思いは分かっている。でも、結果的に誰のためにもなっていない……だから少しずつ、ズレていく。あんたと霜月の気持ちが、すれ違っている」
「すれ違っているわけじゃ……っ!」
「じゃあ、どうして旅行先であんたは放置されてるの? この扱いは彼氏でも、ましてや仲のいい友達ですらないわよ。まるで、今のあんたは……霜月の『保護者』みたい」
まるで、家族と旅行しているような。
信頼はされている。でも、一緒にいることが当たり前になりすぎて、特別感がない……そんな感じになっているようだ――
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