五百十七話 一夜目 その7

【中山幸太郎視点】


 バーベキューを終えると、もう時刻は21時をすぎていた。

 それから後片付けをして、お風呂に入って、いろいろと落ち着いたころに時刻を確認してみると……信じられないことに、23時を過ぎていたからびっくりした。


 髪の毛を乾かした後。

 バルコニーに出て一息つきながら、ぽつりと独り言が漏れた。


「これじゃあ、いつもと変わらないなぁ……」


 結局、旅行に来ても家事めいたことをしている自分に苦笑する。

 もちろん、こういう作業は嫌いじゃない。仕方なくやっているわけじゃなくて、自ら望んでやってることである。


 普段も家事はすべて俺がこなしている。

 そのせいか、こうして何かしているほうが落ち着く性分のだろう。


「……中山って、いつもこういうことしてんの?」


 いつの間に来ていたのだろうか。

 不意に後ろから声が聞こえたので振り向くと、胡桃沢さんがいた。


 ただ、いつもと違ってツインテールではない。

 そろそろ眠るからだろう。今は髪の毛をまっすぐおろしているので、雰囲気が少し違った。


「雑用ばっかりさせてすまないわね」


「え? ああ、いやいや。気にしないでいいよ……好きでやってることだから」


 謝られても逆に困るので、首を横に振って否定する。

 そうすると、彼女はためいきをつきながらバルコニーにある椅子に座った。


「本当は、クソメイドに全部させる予定だったのよ? でも、いつの間にかどこかに行ってたわ……彼女の乗ってきたバイクがないのよ」


「こんな時間に買い出しとか?」


「さぁ? あれの思考はよく分かんない。でも……なんだか悪だくみしてるような気がして不気味なのよね。中山も気をつけなさい?」


「悪だくみ……」


 以前までのメアリーさんだったら最大限に警戒していたと思う。

 しかし、今のポンコツ気味な彼女を警戒しても意味がなさそうなので、あまり気にならなかった。


 まぁ、なんやかんやうまくいかないのが、最近のメアリーさんである。

 別にそこまで注意しなくてもいいだろう。


「とりあえず、お疲れ様。中山のおかげでいろいろ助かったわ。明日もよろしくね?」


「いえいえ。こちらこそありがとう。明日もよろしく」


 別に俺は大したことをしていない。

 一番に感謝するべきは、別荘を貸してくれている胡桃沢さんである。


「おかげで、すごく楽しい思い出になってるよ」


 そう伝えると、彼女は少しだけ怪訝そうに眉をひそめた。


「……本当に楽しんでる? 今日はずっと、雑用ばっかりしていたように見えるけれど」


「うん。本当に楽しかった……しぃちゃんとも、楽しい思い出ができたから」


 水着も見られたし、一緒に泳いだし、散歩もした。

 一つ一つが大切な思い出になってくれた。


 それは事実である。雑用だけをしていたわけじゃない。

 でも、胡桃沢さんには、俺が心から楽しんでいるようには見えなかったらしい。


「それにしては、ちょっと……霜月と話している時間が少ないように感じる」


「……そうかな?」


 指摘されても、正直なところ同意はできなかった。

 だって、しほとの会話はいつも通りなのである。


「今だってそうじゃない。あの子、部屋で梓とごろごろしてるのよ? それならあんたのところに来てもおかしくないと、あたしは思う」


「うーん……家でもあんな感じだからなぁ。しほは割と自由な性格だし」


 普段からたくさんの時間を共有しているせいだろうか。

 しほとは、ずっとべったりしているわけじゃない。中山家でもこうやって俺が家事をしている間、彼女はゲームをしたりお昼寝をしているので、普段と何も変わらないのだ。


「いつもこんな感じってこと……? おかしいわね」


 ただ、やっぱり胡桃沢さんは俺の言葉に納得いってないようだった――

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