五百十六話 一夜目 その5

【メアリー視点】


 ――察しが悪い。

 コウタロウを見て、そう確信した。


(鈍いねぇ。にひひっ……いい感じに『主人公』として仕上がっているじゃないか)


 表情を見ていれば分かる。

 彼は状況の変化を理解していない。


 ……いや、もしかしたら違和感には気付いている可能性がある。

 しかし理解を放棄している顔をしていた。


 物語に都合よく、自分を納得させている。

 主人公らしい『一人称』の視点でしか物事がとらえられなくなっている。


 これが、モブでなくなった『代償』だね。

 客観的な視点がない。主観でしか物事が考えられないのは、主人公の短所でもある。


(物語的な視点はもうやめたと、そう言ったのにねぇ……また戻ってるようで何よりだよ)


 シホとの関係にすれ違いが生じた結果がこれだ。

 共感性に長けているとはいえ、感受性に乏しいコウタロウは理解できないものを『物語的』に認識するクセがある。


 それが彼の『メタ的な地の文』の正体だ。

 幼い頃、母親に言いつけられて大量の本と物語を摂取した成果でもある。


 最近は、シホのおかげで理解できないものが少なくなって、メタ的な思考はなくなりかけていたけれど……残念ながら、コウタロウが思うほど人の心というものは単純じゃない。


 理解しようとすることが間違えていると、ワタシはそう思う。

 それでも理解できるという前提で現実を生きているコウタロウだからこそ、間違えてしまうのだろうね。


 キミは現実を過大評価している。故に物語と同等にとらえてしまう。

 一方、ワタシは現実を過小評価してる。故に物語になってほしいと渇望している。


 メアリーとコウタロウの違いはそこにある。

 無意識と有意識。現実が物語と変わらないと思い込んでいる彼と、現実が物語ではないからこそ物語であってほしいという前提で試行しているワタシ。


 そんな二人が似たような『メタ的な思考』を持ち合わせたことは、面白い因果だと思える。


(また、面白くなってきそうじゃないか)


 退屈なイチャイチャラブコメにようやくの変化が訪れた。

 おそらくこれは『結』への伏線


 起承転結の最後が今から紡がれる。

 最後のひと盛り上がりを、このメアリーに任されたと……そういうことになるだろう。


(のんきに食事しているキミを見ていると、すごくゾクゾクするねぇ)


 アズサの言いつけ通りに焼き鳥を炭火で焼きながら、コウタロウの様子をうかがう。

 少し離れた場所で、クルリと雑談を交わす彼は……本当に無防備だった。


「……むぅ」


 ただ、シホはワタシに警戒している。

 感受性の鋭い彼女は、ワタシに対する視線が普段から厳しい。


 本能的にメアリーが危険であることを分かっているのだろうね。

 まぁ、そうやって敵視されると心地良いよ。キミのような生粋のメインヒロインに警戒されるのは悪くない。ワタシの格が高いということを実感できるからね。


「ねぇ、メアリーちゃん? やっぱりエビがいい! なんか海の幸が食べたーい!」


「……この大量の焼き鳥はだれが食べるんだい?」


「メアリーちゃんが食べていいよ!」


「……ワタシも海の幸が食べたいと言ったら?」


「アズサが食べた後ならいいよ!」


「……そもそもどうして、ワタシの食事にアズサの許可が必要なんだい?」


「アズサが偉いからじゃないの?」


「そうか、キミはワタシより偉いのか……」


 でも、アズサにさっきから舐められっぱなしで、そこだけはどうしても納得できなかった。

 やれやれ……ワタシは最後のラスボス的な存在なんだぞ?


 もう少し敬ってくれよ――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る