五百十四話 一夜目 その3

 俺たちは今、胡桃沢家が所有しているプライベートビーチに遊びに来ていた。

 二泊三日の旅程で、現在は一日目の夜になろうとしている。


 昼間は海でちょっとだけ遊んだ。

 海で泳いで、砂遊びして、散歩して……そのあと、しほと梓は休憩で別荘に戻ったわけだけれど。


 ――結局、しほと梓は夜まで眠り続けた。


「ふにゃぁ」


「あふぅ」


 起こされてもまだ二人は寝ぼけ眼である。

 眠そうに目元をくしくしとこすっていて、そんな二人を胡桃沢さんがあきれたように見つめていた。


「旅行に来てまでよくそんなに寝られるわね。こんな素敵なロケーション、めったにないんだから全力で楽しみなさいよ」


「だって、お布団が気持ち良すぎたのよ? 私は悪くないわ、こんなお布団があるこの別荘が悪いのよ」


「そうだそうだー」


「と、いうわけであとひと眠りしてもいいかしら? さっき海で泳いだから疲れてるの」


「そうだそうだー」


「…………はぁ」


 相変わらずの二人を見て胡桃沢さんがため息をついている。

 どうしようもないと言わんばかりに肩をすくめていた。


「中山、あとは何とかして。あたしにこの二人を操るのは無理よ……」


「あはは」


 まぁ、二人とも本質的な部分でダメ人間だ。

 旅行に来たとしても、自分の欲望に忠実である。ゲームしたいときにゲームするし、眠りたいときに眠るし、海に入りたくなかったら、たとえ目の前にきれいな海が広がっていようとも、気にしない性格なのだろう。


 二人に正論や一般論を説いたとしても無意味。

 だからつまり、二人を操りたいのであれば……欲望の部分を刺激すればいいのである。


「眠ってもいいけど……夜ごはんは食べなくていいの?」


「「――ごはん!?」」


 そのワードに、再び眠りかけてい二人がベッドから飛びだした。

 そうなのである。しほも梓も、かなり食い意地が張っている……美味しいものに目がないのだ。


 彼女たちにとって食欲は、睡眠欲よりも大きいのかもしれない。


「バーベキューの用意はもう終わってるよ? あとは食材を焼くだけなのに」


「「バーベキュー!?」」


 胡桃沢さんの好意でいろいろと道具と食材を用意してもらった。

 二人が眠っている間に、メアリーさんと胡桃沢さんと一緒に準備を終わらせていたのだ。


「二人が眠るなら、俺たちだけで食べてるけど……本当に起きないの?」


「「――起きる!」」


 もう、目がギンギンだった。

 眠気なんて吹き飛んだらしく、慌てた様子でぼさぼさの髪の毛を手櫛で撫でつけている。


 よし、とりあえずしほと梓の意識も覚醒したようだ。


「……中山って、意外と口がうまいわね」


「いやいや、二人と付き合いが長いだけだよ」


 俺を見てやけに感心している様子の胡桃沢さん。

 もちろん、話術に長けているわけではないので首を横に振ったのだけれど……彼女は本心からそう思ってくれているようだ。


「この子たち、おとなしそうに見えてかなり頑固でしょ? 人の話なんて聞かないし……それでもうまく付き合えているってことは、そういうことなのよ」


「そうなのかなぁ」


「相手をだます、という意味で口が達者というわけじゃなくて。相手が不快にならないような言葉選びがうまい、ということよ」


 ……まぁ、そう言われて悪い気分はしない。

 相手が俺と話していて、不快にならないのであればそれにこしたことはないのだ。


「もっと、自分の欲望を出してもいいと思うけれど」


「……え? ごめん、何か言った?」


 ただ、今の発言は声が小さくてよく聞こえなかった。


「いえ……あたしが言うべきことではないわね。なんでもない」


 聞き返しても、彼女は気にしないでと俺から視線をそらす。

 少し歯切れが悪いけれど、まぁ胡桃沢さんがそういうのであれば何も聞かないでおこう。


 それが『中山幸太郎』らしい選択だから――





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いつもお読みくださりありがとうございます!

更新、止まっていて申し訳ありません。

4巻の執筆がひとだんらくついたので、またweb版も更新を始めます。

今後ともよろしくお願いいたしますm(__)m

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