if ~もしも霜月さんが『モブ』と出会わなかったら~ その14

 どうにかこうにか、しほは幸太郎と離れ離れにならずにすんだ。

 これから妹と食事に行くという彼に、ついていくことになったのである。


「そろそろ、妹に電話したいと思うんだけど」


「ええ、いいわよ」


「……あの、霜月さん?」


「なに?」


「いや……手を放してくれないと、電話できないなぁ――って」


 言われて、気づく。

 そういえば、先ほどからずっと手を握り続けたままだった。


「…………はぁ」


 しかし、離したくない。

 恥ずかしさもあるが、名残惜しさのほうが勝って、彼女は思わずため息をついてしまった。


「本当に離さないとダメかしら」


「電話できないからね」


「片手で操作すればいいじゃない」


「両手じゃないと操作できないんだよ。使い慣れてないから」


「ふーん? 使い慣れてないってことは、そんなに連絡するお友達がいないのね」


「あはは。そういうことになるかな」


 会話が続く。

 無理せずとも、自然な気持ちで言葉を発することができる。

 こんなにも、相手に緊張感を与えない男性は初めてで、余計に手を離すのが嫌になった。


 でも、これから食事に同席するのだ。

 妹の許可も必要だろうと思って、彼女は泣く泣く手を離した。


「ちゃんと、妹さんを説得してくれるならいいわよ。ほら、私ってスイーツが大好きだから」


「わかった。まぁ、うん……たぶん大丈夫じゃないかな? 君、うちの妹と同い年みたいだし」


「え? じゃあ、あなたは妹さんと同級生ってこと?」


「いわゆる家庭の事情ってやつだね。重たいけど、聞きたい?」


「……重たいなら、後で聞くわ」


「聞く方向性なんだね」


 そんな会話をしながらも、幸太郎は電話をかける。

 そして、その受話器から発せられる声を聞いて、しほは目を丸くした。


(え? この声は……?)


 聞き覚えのある声だった。


(そういえば、あの子の苗字は――)


 唯一、信頼しているマネージャーの少女の名前は中山梓

 今、目の前にいる青年の名前は中山幸太郎。


 つまり、二人は――兄妹なのである。


(これって、もしかして……)


 偶然の出会いかと思っていた。

 でも、違うかもしれないとしほは思ってしまったのである。


(『運命』って、こういうことかしら)


 しほは『運命』という言葉を信じない。


『俺と君が出会えたことは運命だよな』


 なぜなら、そう言って迫ってくる主人公のような人間に、彼女は何度も苦しめられてきたから。

 どうしても口説き文句の一つにしか聞こえないし、「軽々しい」と思ってしまうのだ。


 でも、今ならわかる。

 運命という言葉を、彼女は信じることができる。


 たまたま、道端ですれ違った青年が、世界で一人だけといっても過言ではないくらい『特別』な存在だった。

 しかも、彼の妹はしほが信頼している相手だった。


 これを『偶然』という言葉で処理するのは難しい。

 むしろ運命だと思ったほうが、自然なくらいだと感じた。


「……うん、分かった。とりあえず、待ち合わせの場所に行くよ。じゃあ、また後で」


 電話が終わって、幸太郎がスマホをポケットに入れる。

 その表情は、少しだけ疲れていた。


「どうだった?」


「あまりいい反応はなかったよ。『おにーちゃんってナンパ野郎だね。変な女だったら怒るから』って言われた」


「……一応、ついていってもいいのね」


「うん。むしろ『ちゃんと見定めてあげるから、連れてきて!』だって」


 その言葉が、あの子らしくてしほは微笑んだ。


「じゃあ、行きましょうか。ちゃんと、認めさせてあげるわ」


 たぶん、梓はとてもびっくりするだろう。

 今まで無表情だったしほが、笑顔で登場したら……面白いリアクションを見せてくれるかもしれない。


 そう考えると、しほはわくわくした。

 今まで素直になれなくて、仲良くできなかった相手だけど、幸太郎の隣であればしほは素直になれる。


 だからきっと、梓とだって仲良くなれるとしほは思った。


「ほら、早くっ」


「あ、ちょっと……道、間違えてるよ? 反対方向だから」


「え? そうなの? じゃあ、ちゃんと連れて行って」


 そう言って、彼女は手を差し出す。

 引っ張ってほしいと言わんばかりの態度に、青年は小さく笑ってその手をつかんだ。


「こっちだよ」


 手が、再びつながる。


「えへへ♪」


 その温もりに、しほはもう一度笑うのだった――。


【if ~もしも霜月さんが『モブ』と出会わなかったら~ 終わり】



/////////////

長くなってしまって申し訳ありません!

ifストーリーはここで終わりとなります。書いてて楽しかったです。

本編でもよろしくお願いします。


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