if ~もしも霜月さんが『モブ』と出会わなかったら~ その13

 彼の手を握る。

 指先から伝わる体温が、しほの体をめぐる。


 その熱が、彼女の凍った心を溶かしていく。


「もう立ち上がれる?」


「うん!」


 彼――中山幸太郎の言葉に、しほは自然と笑っていた。

 いつもであれば、他者に触れただけで緊張して強張る表情が、今はとても緩んでいる。


 幸太郎だけはやっぱり特別だった。

 つかんだ手に引っ張られて、ゆっくりと体を起こす。


 立ち上がったしほを見て、幸太郎は安心したように息をついた。


「良かった、じゃあそろそろ行こうかな? さすがに、待ち合わせしてる妹が怒ってそうだから」


「……っ」


 このままずっと、オシャベリしていたい。

 そう思っていたのに、用事があるから彼と別れないといけない。


 今、繋がっている手が離れたら……幸太郎は歩き去ってしまうだろう。


(ど、どうしよう……)


 考える。

 どんな言い訳なら、彼を引きとどめられるのか。


(えっと、えっと、えっと……!)


 しかし、何も思いつかない。

 人と話した経験がほとんどないので、言葉がまったく思い浮かんでこないのだ。


「…………」


 だから結局、無言になってしまう。

 それでもなお、手は離したくないのでずっと繋がったままだった。


「霜月さん? どうかした???」


 それを不審に思って、幸太郎が彼女の顔を覗き込んできた。


 不自然なことは分かっている。

 自分が変な行動をとっている自覚はある。


 もしかしたら迷惑かもしれない、という不安もある。


 でも、彼が待ってくれていた。

 そのおかげでしほは、なんとか自分の気持ちを言葉にできた。


「今から、ごはん?」


「え? あ、まぁ……うん。妹と一緒に行こうと思ってるよ」


「何を食べるの?」


「あー……なんだろう? 近くにファミレスがあるから、そこに行くんじゃないかな? ファミレスのデザート、大好きだから」


「――デザート!」


 その一言に、しほは表情を輝かせた。

 ここがチャンスだと思ったのである。


「私も、甘いもの大好きなの」


「……そうなの?」


「うん! それはもう、甘いものに目がないわ」


「な、なるほど……?」


 唐突な甘党アピールに、幸太郎が困惑の表情を浮かべる。

 しほの意図が分からないと、そう言いたげな表情だった。


 それを察したしほが、さらにアピールを重ねる。


「ファミレス、行ったことないけど……美味しいスイーツがたくさんあるのかしら?」


「行ったことないんだ……いや、たぶんあると思う。うちの妹は新商品が出るたびに行ってるらしいよ」


「ふーん? 私も食べたいなぁ……あー、でも一人だとすごく寂しいから、なかなか行く機会がないなぁ」


 半ば棒読み口調で、ハッキリと分かりやすく『自分も行きたい』とアピールするしほ。


 もちろん、幸太郎もそれに気づいているようだった。


「じゃ、じゃあ……一緒に行「行く!」


 遠慮がちな幸太郎が言い切る前にしほが頷く。

 食い気味な態度が面白かったのだろう。幸太郎が、吹き出すように笑った。


「あははっ」


「な、なんで笑うの!」


 笑われて、しほは顔が熱くなる。

 赤面していることが自分でもわかった。


 だけど、悪い気分はしない。

 むしろ、幸太郎の自然な笑顔が見られて、良かったと思っていたくらいだった――。

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