if ~もしも霜月さんが『モブ』と出会わなかったら~ その11 ※無料コミック情報

 霜月しほの顔つきは、たしかに大人の女性と呼ぶには幼いが……かといって、高校一年生に間違えられたことはほとんどなかった。


 彼女はかわいくて『綺麗』である。

 幼さよりもその美貌は目立つ。しかも、普段は無表情でいることがほとんどだ。


 成人にこそ見られることは少ないが、かといって子供とみられることはほとんどない。

 だというのに、彼はしほを『幼い』と見ているようだ。


「大人……もしかして成人してるってこと!?」


 青年はその事実にとても驚いている。

 そんな彼を見て、しほは更にほっぺたを膨らませた。


「ちゃんと20歳なんだからねっ」


「……本当に?」


「……本当に!」


 そう言って、彼女は手持ちのカバンに手を入れて財布を取り出す。そこから、一枚のカードを抜いて青年に見せ付けた。


「ほら! 車だって運転できるもんっ」


 運転免許証を見せて、自分の身分を明かす。

 その文字を青年はしっかりと呼んでから、目を点にした。


「お、同い年だったんだ……!」


「そんなに驚かれると、なんだか複雑だわ」


「いや、だって……大人が子供みたいにむくれるわけないよ」


「……ぁ!」


 青年の言葉で、しほは自分がほっぺたをパンパンに膨らませていることに気付く。

 たしかに子供っぽい反応だった。そういうところを見て、彼は自分のことを幼いと思ったのか――と赤面しながら考えていると、ふと違和感を覚えた。


(あれ? なんで私、こんなに『素』でいられるの?)


 そういえば、緊張感がまったくない。

 ここは家の外で、数メートル先では知らない人が歩いているし、時折視線も感じる。


 でも、通行人を遮るように立っている青年のおかげか、音が鈍い。

 他者の音が聞こえてはいるのに、気にならないのだ。


 そのおかげか、しほは素の自分になれていた。

 まるで、家族の前でいるときのようで……その事実に、彼女は不意に心を躍らせた。


(この人は、やっぱり違うんだ)


 音がない。

 それは、個性がないことと同義であって。


 しかし、だからこそ……『個性がない』ことが、しほにとっては『個性』となる。


 感受性が鋭く、他者の悪意に敏感で、繊細なしほにとって……柔らかく、透明で、相手を受け入れる包容力のある青年は、まさしく『特別な存在』だった。


「そ、そっか。なるほど、免許証……」


 青年はなおも意外そうにしている。

 そんな彼に、勇気を振り絞ってちょこんと小突いてみた。


「何か、言いたいことがあるのかしら?」


 彼の膝に、コツンと拳が触れる。

 仲のいい友人にやるようなスキンシップ。

 それをしても、しほは緊張しない。


 そして彼も、優しく受け入れてくれた。


「まぁ、君が車を運転できることに、ちょっと意外性を感じているのは否めないかな」


「じゃあ、今度ドライブでも行く? 私が運転できることを証明するわっ」


「えー……君、運転中だけ人格とか変わりそうで、怖いなぁ」


 やんわりと誘ってみても、青年は飛びつかない。

 普通の男性であればここぞとばかりに鼻息を荒くする場面。しかし彼は、日常会話の一部として受け入れて、軽やかに受け流す。


 そういうところが、しほの心をくすぐった。


「……『君』じゃないわ」


 物足りなくなってくる。

 彼の『他人』でいることに、満足できなくなってくる。


「免許証には、私の名前も書かれているでしょう?」


 そう告げると、彼は少しだけためらうかのように息を吸い込んだ。


「ぁ……う、うん。そっか。そうだよね。こういうときは、ちゃんと――」


 だが、それは一瞬のこと。

 すぐに彼は、意を決するように彼女の名を口にした。


「君じゃなくて、『霜月さん』だね」


 ただ、名前を呼ばれただけ。

 しかも、名字にさん付けという、距離感のある呼称だ。


 しかし、だというのに……それでも彼女は、


「うん! えへへ~」


 嬉しくて、思わず笑ってしまった。

 そう。笑えなかった少女が、笑ったのである――



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いつもお読みくださりありがとうございます。

本日より、『霜月さんはモブが好き』のコミカライズ版が無料で読めるようになりました!

各種電子書籍サイトはもちろん、公式サイトでは登録不要で読むことが出来ます。

アクセスするだけなので、この機会にぜひよろしくお願いします(`・ω・´)ゞ

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