if ~もしも霜月さんが『モブ』と出会わなかったら~ その4
力強く揺るがない凛とした音。
他の音に飲み込まれることのないその音を、しほは『黒い音』と表現している。
全てを、自分の音で塗りつぶす存在。
他者を尊重せず、究極の『個』で上書きするような音色がしほは――大嫌いだった。
(――うるさい)
大きな音に顔をしかめそうになる。
でも、苦渋に歪むことさえもないくらいに、しほの表情は凍りついていた。
「いつも言ってんだろ? 強引なのはやめろって」
しほの肩を抱く、イケメンの男性モデル。
名前は知らない。彼女はほとんど他者の名前を覚えない。
覚える価値がないと、そう分かっているから。
「あ、いや……別に強引に誘ってたわけじゃないんだ。もしそう感じたなら、ごめんねしほちゃん」
「すまねぇな。あいつも謝ってるから、大目に見てやってくれ」
カメラマンと男性モデルは顔見知りなのだろう。親しそうに話している光景を見て、しほはなんとなく二人の感経営を把握した。
(ふーん? 随分と、登場のタイミングが良かったけれど……打合せでもしてたのかしら?)
彼女は世間知らずのお嬢様ではない。
むしろ、他者の感情さえも聞き取れてしまうその感受性の鋭さによって、しほはあらゆる情報を把握することができる。
もちろん、この男性モデルが物陰で何かを待っているかのように、こちらの様子を窺っていたことも……しほは気付いていた。
(本当に……くだらないわ)
全てのモデルがそうじゃないことは知っている。
しかし、この業界の一部にはそういう人間しかいないことも、しほは気付いている。
顔が良い。それだけで人生がうまくっているような、生まれつき恵まれた人間。
しかし、顔が良いだけなので、ある程度のレベル以上には到達できないような、努力の方法を知らない人間でもあるわけで。
だからこそ、こういう人間が発生する。
自分の地位やステータスを利用して、他者を食い物にする人間だ。
そういう人間を見ていると、しほはどうしても……幼馴染の存在を思い出すから、イヤだった。
(いつまであなたは私を苦しめれば気が済むのかしら)
高校卒業まで、ずっと付きまとってきた幼馴染。
人気者で、モテモテで、しほを勝手に庇護しようとしてきた彼に、しほはとても苦しんだ。
逃げるように彼から離れたのはつい最近のこと。
しかし、一年以上経過してなお、しほは幼馴染のことが忘れられない。
トラウマとして、心に傷を刻んでいた。
(なんで、男性って……みんな、私を助けようとしてくるのかしら)
しほの周囲の人間は、みんな主人公であるかのように彼女を救おうとしてくる。
常識離れした見た目のしほに手を出そうとする人間なのだ……自分に自信があるからこそ、ヒーローであるように振る舞っておかしくない。
でも、彼女は庇護されたいわけじゃない。
守ってくれなんて、頼んでいない。
(ただ、寄り添ってくれるだけでいいのに)
自分の肩を、当たり前のように抱きしめる男性モデルにしほは苦痛を覚えていた。
一刻も早く離してほしいと、そう願った。
そうやって、無理矢理支えなくていい。
苦しい時や、悲しい時に、そっと寄り添ってくれるだけでいい。
しほの気持ちを理解して、優しくなだめてくれるだけで彼女は救われる。
でも、彼女の周りに集まるのは、他者の気持ちなんて考えないような『主人公』ばかりだ。
そんな人間から自分を守るために、しほは自分の心を冷たくした。
感覚を鈍くして、痛みを紛らすために……でも、そのせいで彼女は、表情を動かせなくなってしまった。
だから彼女は、笑えなくなったのである――
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