五百九話 水着回からの脱却
砂遊びをして、海で泳いで、散歩をして……ひとしきり遊んだおかげか、しほと梓は満足したようだ。
「おにーちゃん、疲れたし戻っていい?」
「海で遊ぶのは飽きちゃったわ。そろそろウマ娘ちゃんを育成する時間よ」
「あ! 梓もそろそろやらないとっ」
遠出してもゲームのことを忘れないのは流石だ。
二人ともすっかりインドアモードである。
「あずにゃんのサポートカード借りていい? 私、持ってないから」
「えー? しょうがないおねーちゃんだなぁ~」
梓はもう呼び慣れてしまったのだろうか。
自然にしほのことを『おねーちゃん』と呼んでいるし、しほの方もそれを違和感なく受け入れているように見えた。
普段はケンカばかりに見える二人だけど、なんだかんだ仲良しなのである。
「帰ったらちゃんと着替えるんだぞ。できればシャワーも浴びた方がいいと思う」
「「はーい」」
もう頭の中がゲームでいっぱいなのだろう。
俺の言葉にも素直に頷いて、二人は別荘へと歩き出す。
その後ろ姿を見送っていると、不意に肩に手を置かれた。
「お父さんみたいだねぇ」
もちろん、その正体はメアリーさんなんだけど……あれ?
なんとなく雰囲気が変わっているような気がする。
なんというか、纏っている空気が重たい。
近くにいるだけで、背筋が冷えてくるような……そういう不気味さがあった。
「おっと。警戒するのはやめてくれよ、別に何もしてないだろう?」
「…………」
思わず、黙り込んでしまう。
何か、余計なことを考えそうになる。
前までの俺であれば、何かしら理由を付けてメアリーさんを拒絶しただろう。
しかし、今の俺は――良くも悪くも、思考が緩かった。
「キミはもう、物語を考えることから卒業したのではないのかい? それなのに、そうやって理由もなくワタシを警戒するなんて、おかしな話だね」
……たしかにその通りだった。
俺はもう、現実を物語として見ていない。
だから、感じ取った空気の重さや、展開的な流れを考慮して、彼女を敵と決めつけるのは――あまりにもおかしい話である。
「……そうかもしれない」
無意識に、肯定の言葉が零れていた。
そうすることで、自分の中にあるモヤモヤに気付かないふりをしたのである。
「にひひっ。まぁ、細かいことは気にしないでくれよ。それで、コウタロウはどうして残ってるんだい? 二人の保護者なんだから、ちゃんと様子を見てないとダメだろう?」
メアリーさんの言葉が、頭を蝕む。
彼女の指示が、自分の思想を染め上げる。
謎の強制力が、俺の行動を捻じ曲げようとしていた。
「いや、まぁ……後片付けをしないと」
「大丈夫だよ。気にしないでくれ」
「……そっか」
「うん。それに、今からピンクが来ると思うから彼女の相手もしてあげないといけないからね……後片付けはその後に、ワタシが全部やっておくよ」
――気になる。
メアリーさんの様子が、不可解に思えて仕方がない。
でも、何故そう思うのか言葉で説明することができない。
現実的に考えると、別にメアリーさんはおかしなことを言っていないのだ。
……また、考えすぎだ。
彼女は別に、チートキャラでもなんでもない。少しだけ人よりも能力が優れているけれど、俺と同じ人間である。
不用意に警戒するなんて、間違っている。
そうに、決まっている。
「うん、分かった」
だから俺は、彼女の言葉に頷いた――
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