五百六話 ようやくの水着回! その36
ビーチの端っこに向かうと、確かにその先には岩場のような場所があった。
管理されたビーチよりは足場が悪いけど、天然の岩がトンネルのような形状を作っているおかげで、日影になっている。
十メートルほど先に行くと、そこからはさらに足場が悪くなっていて人がまともに歩けるような状態ではなかった。壁を上ったり、ジャンプしたりしたら移動できると思うけど……俺もしほも、そこまでやる気はない。
「もし、幸太郎君が疲れているなら、ここで休憩してもいいのよ? わ、私は別に、二人きりになりたいわけじゃないんだからねっ」
「はいはい、そうだね」
さっきからなぜかツンデレになっているしほに微笑みながら、先へと進む。
トンネルのようになっている岩の影に入ると、凄く涼しかった。吹き抜ける風が火照った体に心地良い……足元の砂もひんやりしていて、休むにはちょうど良さそうだ。
「穴場ってやつかな? いい感じの場所だね」
「うんっ」
しほも居心地が良さそうだ。その場にストンと腰を下ろして、未だに立ち上がっている俺をジッと見つめている。
まるで、隣に座ってくれないの?と言わんばかりだ。
視線に促されるままに腰を下ろすと、彼女は満足そうに笑った。
「幸太郎くん、お水飲んでいい?」
「ああ、うん。いいよ」
一応、炎天下なので念のためペットボトルの飲み物を一本だけ持ち歩いている。
俺が飲みかけているものだけど、しほはそれを気にせずペットボトルの飲み口に唇を重ねていた。
「んくっ。んくっ。ぷはーっ」
一気に飲み干すのかな?という勢いで飲んでいたけれど、やっぱり体格通り胃が小さいのだろう。すぐに唇を離して、唇についた水滴を拭っている。
一連の仕草が愛らしくてついつい見つめていたら、しほがその視線に気づいたらしい。
「んにゃ?」
どうかしたの?と首を傾げていた。
気にしていないのか、あるいは気付いている上で俺を泳がせているのか……まぁ、いずれにしても無視できないことではあるので、俺は率直に伝えた。
「いや……間接キスだなぁって」
以前なら、お互いに真っ赤になるくらい照れていたけれど。
もう、これくらいのことは自然になっているのかもしれない。
二人とも、そこまで大きなリアクションはない。
「あ、うん。そうね……うふふ♪」
しほも、言われて気付いたようだ。
ペットボトルの飲み口を見て、幸せそうに目を細めた。
「幸太郎くん、照れてるの?」
「まぁ、ちょっとだけ」
「あらあら、ちょっとだけなんだ」
「……間接じゃないキスもしてるから」
「……それもそうね」
見た感じ、しほも別に気付いていて俺を泳がせていたわけじゃないようだ。
彼女は恐らく、俺以上に間接キスに対して何も感じていなかったのだろう。
別にそれが悪いというわけじゃない。むしろ、変化としては良い傾向のものである。
しほにとって、中山幸太郎という存在はそれだけ近しくなっている。
つまりはそういうことなのだ。
ちょっとずつ、しほだって俺のことに慣れてきてくれている。
前に告白した時は『一緒にいるだけでドキドキしすぎて死んじゃいそうになる』と言って断られたけど……最近は、俺たちの距離感も縮まっているような気がした。
もう、友達と呼ぶにはおかしな距離感。
こんなに近いのに、もっと俺たちの関係に相応しい言葉もあるのに、未だにそこに踏み込むことはできていない。
俺としては、いつでも恋人になる準備はできている。
だけど、しほは……しぃちゃんは、まだなのだろうか。
一瞬、聞いてみようかなと思い立ったものの。
「…………っ」
しかし、言葉は喉の奥へと引っ込んでいく。
焦る必要はない。そのことは分かっているし、焦っているつもりもない。
だけど、聞こうとしてしまって……それが本当に、正しいのかどうか分からなくなったのだ。
別に拒絶されたわけじゃない。そんなこと理解している。
でも、
『また断られたらどうしよう?』
そんな不安が胸をよぎって、俺はしほに何も言えなかった――
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