五百四話 ようやくの水着回! その34

 手を握るだけで、体が熱くなるほどに気分が高揚する。

 ただ触れ合っているだけで、自分でも分かるくらいに脈が速くなる。


 誰にだってそうなるわけじゃない。

 むしろ俺は、君と違って普通の人よりも感受性が弱い。他人の感情が分からない。だから、かつては他者を『キャラクター』という記号にあてはめることで理解していた。


 普通の女の子が相手だと、特に何も思うことはない。

 メアリーさんもそうだったし、もちろん胡桃沢さんだって、キラリや結月だって……梓は家族だからちょっと違うけれど、もちろんしほに対する感情と一緒にはならない。


 誰よりも、君だけが特別なんだ。


 その想いは――きっとしほに、伝わっているのだろう。


「ふ、ふーん……そうなのね。幸太郎くんったら、そういうことだったのね……うふふ♪」


 さっきまで、不安そうにしていた顔が今はとても明るくなっていた。

 俺がドキドキしていることを『聞いた』ことで安心してくれたようである。


「ちょっ……おにーちゃん!? なんで梓にはドキドキしないのに、おねーちゃんにはドキドキしてるの!? ありえない、さいてー! シスコンだったらもっと義妹によくじょーしてよっ」


「いや、普通は欲情なんてしないと思うけど……」


 俺の背後に回って、心音を聞いた梓がまたしても背中をポカポカと叩き出す。

 怒りのせいか発言がおかしくなっていた。


「もし、俺が梓に欲情なんてしたら、気持ち悪くないのか?」


「うん、きもい!」


「じゃあなんで欲情してほしいんだ……」


「なんかむかつくっ」


 義妹の感情がよく分からない。

 不機嫌そうだなぁ……いや、でも後で甘い物でも食べさせたらすぐに機嫌が直るし、今は放置しておこうかな。梓は単純なのでご機嫌をとるのも意外と簡単だから。


「ちっ。イチャイチャを見せつけてくれるじゃないか……あー、つまんないラブコメだ。まるで水着回を二カ月近く、長々とダラダラ書き続けているような退屈さだね。いつの間にワタシの愛するキミたちのラブコメはこうも退屈になってしまったんだい? 甘すぎて砂糖を吐き出しそうだ。いっそのこと、コウタロウにちゅーでもして二人の関係を邪魔してやろうかな……」


 他方、メアリーさんも不機嫌そうだった。

 目を合わせて微笑み合う俺としほを見て、つまらなそうに舌打ちを零している。目もやさぐれていて、こちらに向ける視線もどこか刺々しい。


 あんまり見ないでほしいなぁ……と思っていたら、不意に強い風が吹いて。


「ぐぁー! 目が……目がァ!!」


 メアリーさんの目に砂が入ったようだ。

 さっきまで弱風だったのに、タイミングのいい風である。


 そして都合よくメアリーさんの目に砂を入れてくれたので、何も邪魔されることはなさそうだ。

 あと、俺にスルーされていることを理解したのか、いつの間にか背後にいた梓が離れてメアリーさんの方に近寄っていた。


「ふぁっく! ラブコメの神様に愛されやがって……うぅ、目を洗わないとっ」


「……メアリーちゃん、このお水を使って洗ったら?」


「あ、アズサ? なんだ、キミ意外といい子じゃないか……今までただのロリ妹キャラだと思っていたけど、ごめんね」


「ううん、大丈夫。いいから、早く目を洗わないと」


「ああ、そうするよ……って、ギャー!? こ、これ海水だ!!」


「あ、間違えた。これ、砂のお城を作るときに空いたペットボトルに入れていた海水だー! てへっ」


「本当に間違えたんだよね? 本当だよね!? すっごく、痛いのだけれどもっ」


「あはははははは!」


 ……梓って、意外と嗜虐的っだよなぁ。

 無邪気に笑う義妹は、とりあえず機嫌も直ったようなので、まぁ良しとしておこう――

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