五百三話 ようやくの水着回! その33
今更だけど、しほはすごく耳がいい。
先天的に聴覚が鋭くて、耳を澄ませると普通の人間には聞こえないような音が聞こえるらしい。
俺と出会う以前までは、ずっと他人を警戒していたからだろう……音にも過敏になっていたらしく、他者の感情さえも聞き取ってしまい、苦しんでいた。
まぁ、それは昔のお話である。
最近は他人を警戒する必要がなくなったからなのか、音に対しても過敏ではない。少なくとも他人にビクビクすることはなくなって、笑顔の時間が多い。
だから、この特徴を忘れそうになるけれど……やっぱり、聴覚に優れているのは今も変わらないのだろう。
「幸太郎くん、二人に全然ドキドキしてなかった……あずにゃんもメアリーさんも素敵な女の子なのに、信じられないわ」
俺の心音をちゃんと聞き取っていたらしい。
不安そうな顔で俺を見つめている。
そういえば……しほって意外と、他者に対する評価が高い。
梓やメアリーさん、それから胡桃沢さんと、結月やキラリも該当するのか?
しほが彼女たちに関して、悪い印象を抱いているようには見えない。
まぁ、キラリやメアリーさんとは相性が悪いようにも見える。とはいえ、二人のことしほは魅力的だと認識しているようで、評価が低いというわけじゃない。
(自己評価が低い、というよりは……他者評価が高い女の子なんだよなぁ)
俺に関してもそうだ。
しほは、まるで白馬の王子様のように俺のことを認識している。
それがイヤなわけではない。そう思ってくれていることは素直に嬉しい。
だけど、よくよく考えてみると微かな違和感を覚えるのだ。
(しほに見えている世界って――どうなってるんだろう?)
かつて、俺は現実と言う世界を『物語』として見ていた。
今は違うけど、視点によって世界は変わることは身をもって知っている。
じゃあ、しほはどう見えているのか。
彼女の目に映る世界は、俺とちょっと違うように感じるのだ。
だって……『視点』というフィルターを通さずに、客観的に今の状況を見た場合、しほが不安を覚える理由が分からない。
君ほど綺麗で、かわいい女の子にドキドキしない男性なんて、いると思ってるのだろうか。
これは別にひいき目でもなんでもない……ありのままの事実を述べているだけである。
容姿の端麗さ。
性格の可愛さ。
内外の魅力をそれぞれ有する可憐な少女。
少し前までの俺は、見られるだけでドキドキしていた。『かわいい』という概念を凝縮した存在であるくせに、なぜ彼女は心配しているのか。
それがちょっと、引っかかった。
まぁ、でも……今は追及するべきタイミングではないか。
別に今じゃなくていい。
しほと一緒に過ごす時間は、たくさんある。
いつか、ゆっくりと……しほの変化と成長を待ってもいいのだ。
そう思って、俺は問題を先延ばしにした。
一旦、横に置いて放置したのである。
「しぃちゃん? 俺がはたして、女性を好きじゃないかどうか……確かめてみる?」
とりあえず、不安そうにしている彼女を安心させるために――俺は手を差し伸べた。
「……へ?」
しほは不思議そうに首を傾げている。
でも、俺の手を見て彼女は即座に指を絡めてきた。
無意識だと思うけど……ためらいなく恋人つなぎしてくる彼女に、頬が緩む。
そして、同時に体が熱くなった。
「――ぁ」
しほが声を上げる。
彼女も、聞こえたのだろう。
ただ、握手しただけで俺がドキドキしていることを。
俺が好きなのは、君だけだということを――。
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