五百一話 ようやくの水着回! その31

 梓は、中学生のころに着ていたと思わしきスクール水着を着用している。

 胸元には『中山梓』とご丁寧に名前が刺繍されていた。


 このプライベートビーチにおいて、一番異彩を放っているのはおそらく彼女だろう。

 比較的一般的なビキニを着用している胡桃沢さんやしほではなく、セクシーなタイプであろうメアリーさんでもなく……場に不相応なスクール水着が、一番浮いていた。


 でも、似合っていないわけじゃない。

 むしろ、幼い顔立ちには似合いすぎて……だからこそ、不気味でもある。


 一年前に比べると成長した梓は、見た目に反して中身は大人になってきている。

 故に、そのギャップが人を惑わす。子供なのか、あるは大人なのか、わからなくて困惑するし、それが梓にとっての魅力ともなっている。


 中山梓という少女には、『見えない魔性の匂い』が漂っている。

 だから、彼女に魅力があるということは、断言しておこう。


 しかしながら……それはあくまで『他人』にとっては、という注釈が入るわけで。

 他人ではない、血のつながった身内である俺にとって、中山梓という少女は良くも悪くも『家族』であり、『義妹』なのだ。


「おにーちゃん、大好き!」


 誰が俺をドキドキさせることができるのか。

 突如として始まったなぞのゲーム。なんやかんやあってメアリーさんも参戦し、華麗なかませ犬として無残に散って、そして次は梓のターン。


 俺をドキドキさせるために、梓はあえて正面から突破しようとしてきた。

 何のひねりもないまっすぐな告白。正面からギュッと抱き着いて、俺の胸に顔をうずめる梓。


 メアリーさんはラッキースケベ的な感じで迫ってきた。それと比較しても、梓は距離感が近い。


 親密ではない男女にはできないようなスキンシップ。


 お互いに遠慮も照れもない兄妹であることを利用した作戦だ。

 だけど、残念ながら――その作戦は、兄妹であるからこその不利もあって。


「はいはい、ありがとう」


 照れることなんてない。

 嬉しくはある。でも、それは温かい感情であって、ドキドキするような熱は伴わない。

 

 むしろこちらからも抱きしめ返して、それから頭を軽くなでてあげた。

 いつもは『触らないで!』と拒絶されるけど、今は作戦実行中だからなのか梓は抵抗しない。


「えへへ~」


 むずがゆそうに笑いながらも、嬉しそうに受け入れている。

 そんな彼女に、つい出来心でもう一言伝えることにした。


「俺も大好きだよ」


 家族でも……いや、家族だからこそちゃんと愛している。

 それを改めて口にしてあげたのだ。


「…………っ!?」


 もしかしたら、不意打ちだったのかもしれない。

 突然の言葉に、梓は戸惑うように目を見開く。


 その顔は、真っ赤だった。


「ちょ、ちょっと! 今はおにーちゃんをドキドキさせる勝負をしてるんだよ!? 梓をドキドキさせないでっ……あ、ウソ! 今のウソだから!! べ、べべ別にドキドキなんてしてないんだからねっ」


 うちの義妹はわかりやすい。

 ほほえましいウソに、場の空気が和んだ。


「あずにゃんったら本当にかわいい……さすが、私の妹だわっ」


「いいね、悪くない。全国のおにーちゃんからお金が取れる可愛さだ」


 しほもメアリーさんも頬を緩めている。

 一方、梓はこの空気感すらも恥ずかしいようだ……真っ赤な顔を隠すように、俺の胸に顔を押し付けてくる。


「ってか、おにーちゃんはドキドキしてるの!? ドキドキしてるよねっ」


 どうやら心音を確認しているらしい。

 梓は俺の胸に耳を当てている。


 そして、 


「シスコンおにーちゃんは梓の可愛さでメロメロに……なってない!? ちょ、いつも通りなのはなんで!! 梓のこと大好きだったら、ドキドキしてよばかー!」


 梓は信じられないといわんばかりに、俺の胸をポカポカと叩くのだった――



 


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