四百九十七話 ようやくの水着回! その27

 しほと梓が離れてくれない。

 俺を浮き輪代わりにするようにくっついている……どうしてそんなに無防備でいられるんだろう?


 それだけ心を許してくれているということかな。それはそれで嬉しい。


 でも、喜び以上に今はすごく恥ずかしかった。


「ねぇねぇ、霜月さん……じゃなかった! おねーちゃん、これ聞いて! おにーちゃんの心臓がドキドキしてておもしろーいw」


「ふむふむ、なるほど。幸太郎くんったら、そんなにドキドキしちゃうくらい喜んでいるのね? うふふ、かわいい男の子だわ。よしよし、落ち着きなさい? いいこいいこ」


 容赦なくからかってくる梓。

 なぜか年上のように振る舞うしほ。


 二人とも、新しいおもちゃを見つけたと言わんばかりに目を輝かせている。

 小心者で、臆病で、大人しいくせに、梓としほはマウントを取るのが好きである。普段、あまりこういうことができない二人だからこそ、今の俺みたいな恰好の獲物を見つけると飛びついてくるのだろう。


「わ、分かってるなら、もうちょっと優しくしてほしいんだけど……」


「「やだ!」」


 白旗を上げたところで意味などない。

 これから、二人の気が済むまで弄ばれる――そう覚悟したけれど。


「えへへ~。おにーちゃんったら、梓がかわいすぎてドキドキするとか、ほんとーにシスコンできもちわるーいw でも可哀想だから、もっと遊んであげよっかな~」


「え? あずにゃん、それは間違っているわ。幸太郎くんは、私にドキドキしているのよ? あずにゃんは確かにかわいいけれど、幸太郎くんにとっては家族なんだから、こんなにドキドキするのはおかしいわ」


 ……あれ?

 二人の矛先は、俺に向いていない。


 つい数秒前まで結託していたのに、いつの間にかまたしても仲違いしそうだった。

 いつもなら二人の言い争いを仲裁している場面だけど、今は逆にチャンスだ。


「…………」


 このまま黙って、二人のケンカが始まるのを待つ。そうしていれば俺のことも忘れるだろう――と、考えていた。


 しかし、そんな見通しは残念ながら甘かったようで。


「じゃあ、どっちがおにーちゃんをドキドキさせられるか勝負する?」


「ええ! 望むところよ……また私が勝つけどいいのかしら?」


「次こそは梓が勝つに決まってるよ? だって、おにーちゃんはシスコンだから!」


 どうしてそうなる!?

 普段通り、二人で言い争いをすればいいのに……今日は俺まで巻き込まれるようだった。


 どっちが俺をドキドキさせるか勝負するって――勘弁してほしい。

 まぁ、もちろん俺の意思なんて聞いてくれないことは分かっているけど。


「た、たしかに幸太郎くんはシスコンだわ……!」


 あと、俺をシスコンと確定させるのもやめてほしい。

 別にそこまで過剰な愛は注いでないと思うけどなぁ。


「だから、今度こそ梓が勝つもーん」


 いや、たぶん君は負けるぞ。

 梓は義理の妹だけど俺にとっては家族なんだから……何をされても、正直そこまでドキドキすることはないと思う。


 なのに、梓は自信満々だ。

 俺がドキドキしているのは100パーセントしほのせいなのに、逆に彼女の方が勝負に不安そうである。


「うぅ、今度は負けるかも……で、でも、幸太郎くんはあれよ! しほコン?なのよ! だから私が勝つものっ」


 しかし、しほは負けていない。『しほコンプレックス』という新しい言葉で梓に対抗しようとしていた。


 あー……うーん。

 とはいえ、しほコンプレックスに関しては、ちょっと否定するのは難しかった。


 だって俺は、しほのことが大好きすぎるのだから――

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