四百九十六話 ようやくの水着回! その26
右手に梓。
左手にしほ。
この状況は、もしかしたら『両手に花』と表現できるかもしれない。
「ふ、二人とも……もう手を離してもいい?」
現在、俺は二人の体を抱えているような状況だ。
水の浮力があるおかげで重くはない。幸い、身長の低い二人にとっては深い場所でも、俺にとっては肩のちょっと上くらいなので足も届く。
二人とも小柄だし、重いというわけじゃない。
普段も、こうやって接触する機会がないわけじゃない。
でも、今は……水着という薄い布しか隔てがない今、体温がいつもより生々しく感じられてしまうので、まったく落ち着かないのだ。
「えー。幸太郎くん、もうちょっと浅いところまで連れてって? 私もあずにゃんも、泳ぐのはあまり上手じゃないのだから、優しくて?」
「そうだそうだー」
いやいや、さっきまで意地を張って泳いでいたくせに……こういうときに素直になるなんて。
まぁ、仕方ない。とりあえず、この状態のまま砂浜の方に近寄ろう。数メートルも歩けば二人にも足が届くはず。
「あ、おにーちゃん。浮き輪とるからそっちじゃなくて、逆だよ」
「…………」
そう言って、俺の腕にしがみついている梓が背中をバシバシと叩く。
まぁ、正直なところ梓に対する照れは本当にわずかしかない。義妹なので、大抵のことは何があっても受け入れられる……とはいえ、反対の手にしがみつくしほがすごく気になるので、梓の命令を聞き入れるのは抵抗があった。
でも、このままだと浮き輪が沖の方に流されてしまいそうなので早めにとった方がいいだろう。
仕方なく、浮き輪に歩み寄る。まだ近くにあったのですぐに追いついた。
「とれたー」
梓が片手を伸ばして浮き輪を取ってくれた。
よし、とりあずしほにこの浮き輪を使ってもらって……と思ったのに。
「あ、なんかしぼんでる!?」
浮き輪が、しなしなになっていた。
二人が引っ張り合ったせいだろうか……どこかに穴が空いたのかもしれない。
これではどうしようもなかった。
「あらら~。じゃあ、一旦砂浜に戻りましょう? 大きな浮き輪があったと思うわ」
「そうだね。ほら、おにーちゃん行って! ほらほらっ」
更に梓が背中を叩く。
馬じゃないんだから……そんなに叩かなくても歩くよ。
と、普段なら軽く言える。
「…………」
しかし、今はしほのせいで言葉が出てこない。
薄い。
もうほとんど、肌に触れていると言っても過言じゃない。
それくらいダイレクトに、彼女の感触が伝わってくるのだ。
「あれ? おにーちゃん……?」
「えっと幸太郎くん?」
あまりにも俺が無言だったからだろうか。
二人も異変に気付いたようで、俺の顔を覗き込んできた。
そして、俺の顔色がおかしいことに気付いたのだろう。
二人とも慌てる――ことはなく、むしろニヤリと笑った。
「あ、また真っ赤になってる!」
「え!? おにーちゃん、もしかして梓に触ってるから照れてるの? うわぁ、シスコンだ!」
違うよ。梓、原因は君じゃない。
義妹とはいえ身内なので、梓に対して照れとかはほとんどないけれど……どうしても、しほを意識してしまうのだ。
「べ、別になんでもないからっ」
慌ててしまうと、むしろしほの小悪魔な一面を刺激してからかわれることは分かっている。
だから、平然を装って足早に歩いて、二人の足が届く位置まで来た。
「ほら、二人とも……もう大丈夫だから」
この場所であれば危険はない。
それは明らかなのに。
「あ、幸太郎くん? ついでだから砂浜までおねがーい♪」
「浮き輪が破れちゃったから、代わりにおにーちゃんが浮き輪ね!」
でも、二人はいつまでも離れてくれなかった――
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