四百九十三話 ようやくの水着回! その23

 水泳対決に勝利したのは、しほだった。


「わーい! はい、私の勝ちー! あずにゃん、なんで負けたか反省してる? 悔しい? ねぇねぇ、私なんかに負けないってあんなに言ってたたのに、負けたのはどんな気持ち???」


「ぐ、ぐぎぎ…………っ」


 しほは気持ちよさそうに言葉をまくしたてる。

 それを受けて、梓は悔しそうに歯ぎしりを鳴らしていた。


 第三者が見たら、喧嘩だと勘違いするようなやり取りかもしれない。

 俺だって普段なら止めているところだけど……まぁ、勝負前に梓も結構なことを言っていたので、お互い様かな。


 これくらいの軽口で仲が悪くなるほど、二人は浅い関係性じゃない。

 だから安心してその場を見守ることができた。


「あずにゃん? ねぇねぇ、あずにゃんっ。何か言ってくれないの? 『ポンコツな霜月さんには負けない』って言ってたのに、負けたあなたは何なのかしら? うふふ、あずにゃん! ねぇねぇ、あずにゃーん」


「う、うるさいっ。うるさいうるさいうるさーい!」


「うふふ♪ 顔を真っ赤にしててすごくかわいいいわ。あずにゃん、これでちゃんと認めなさいね……私が、あなたより『格上』であることをっ」


「違うもん! 霜月さんが格上とかありえない!! 梓の方が絶対に上なんだからねっ!! 霜月さんは二番目で、その下におにーちゃんだもんっ」


「でも、勝負で負けたのだから認めなさい? 私が一番、あずにゃんが二番、そして幸太郎くんが三番よ」


 どうして俺が三番なんだろう?

 何もしてないのに一番格下扱いされていた。


 うーん……まぁ、別にいいや。

 逆に考えて、格上だと思われている方が困るので、今みたいに格下扱いされて良かったと思ったのだ。

 舐められているくらいがちょうどいい。その方が、二人とも自由にすごせるはずだろうから。


 それはさておき。

 普段、二人がどちらが上なのかは時と場合によって違うので明言はできない。

 しかし今はハッキリと勝負が決着したので、二人の立場は明確だった。


「ってか、あずにゃん……違うでしょう? 約束したことを覚えてないのかしら?」


「……な、何のこと? 梓、わかんないなぁ。あ、そろそろ砂浜に戻ろうかな! メアリーさんと遊んであげないとっ」


「メアリーさんは悪い子だからあんまり遊んだらダメよ。ねぇ、本当は覚えているのでしょう? 逃げたらダメっ」


 梓のスクール水着の首根っこをつかむしほ。

 たぶん、梓は約束を覚えているのだろう……すごく嫌そうな顔をしていた。


「や、やだ……そんなの、ぜったいむりぃ」


 力なく拒絶するものの、しほは梓を離さない。

 満面の笑顔で、彼女は梓の言葉を待っている。


「『霜月さん』じゃなくて、何と呼ぶ約束だったかしら?」


 そう。勝負前の約束は――しほの呼び方についてだ。

 勝負に負けた梓は、しほをこう呼ばなくてはいけない。


「お……お……おっ」


「お?」


「おね……おねっ……おねーちゃん」


 うなるような、悔しさと憎しみを押し殺した低い声だった。

 でも、ちゃんと言った。それは確実で、約束は果たした……そう捉えてあげることもできるだろう。


 しかし、しほは容赦なかった。


「え? なんて言ったの? 声が小さくて聞こえなかった~」


 一昔前の竜崎みたいな、ハーレム主人公のテンプレセリフを言っていた。

 分かってて言ってるだろうなぁ……頬がニマニマと緩んでいる。


 しほはこの状況を楽しんでいた。

 梓も、抵抗したところで無駄だとようやく分かったのだろう……諦めたように、観念したように、ヤケになったように叫んだ。


「――おねーちゃん!!」


 今度は、聞こえないと言わせないように大声で。


「うふふ♪」


 ハッキリと聞こえた『おねーちゃん』という呼び声に、しほは満足そうに笑うのだった――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る