四百九十二話 ようやくの水着回! その22

 上機嫌な梓と、不機嫌なしほ。

 対称的な二人は、視線を交錯させて火花を散らしていた。


「あずにゃん、いいかげんに勝負をして決着をつけましょう?」


「うん、梓はいつでもいーよ? どーせ、ポンコツな霜月さんに負けるなんてありえないもーん。ねぇ、おにーちゃん?」


「……あと、幸太郎くんに甘えるのもそろそろやめなさい? あなたは高校二年生なのだから、ちゃんとおにーちゃん離れするべきだと思うわ」


「べ、別に甘えてないしっ。それを言うなら、霜月さんだって高校二年生なんだから、おにーちゃんを独占しようとしないでくれない? 『大好きな人が他の人と仲良くしててやだ!』なんて、4歳の女の子みたいだね」


「4歳じゃないもんっ」


 まずは小手調べと言わんばかりに、マウントを取り合う二人。

 どちらが子供っぽくないか争っているけれど、二人とも似たような精神年齢なので勝負は平行線だった。


「じゃあ、おにーちゃんがゴールでいいよね? そこまで泳いで、どちらが速いか勝負だよっ」


「分かったわ。幸太郎くん、ちょっと離れてくれる? 30メートル……いえ、20メートルくらいで!」


 20メートル。

 距離にしては、あまり大したことはない。

 でも、体育の成績が毎回危うい二人は、はたして泳ぎ切ることができるのだろうか。


「……って、俺が離れるんだ」


 別に文句が言いたいわけじゃないけど。

 当たり前のようにその場から動こうとしない二人に、笑ってしまう。


 普通、こういう場合って巻き込まれている俺に気を遣って、二人の方が動くんじゃないかな?

 まぁ、うん……そうやってわがままを言われるのは、甘えられているみたいで嫌いじゃない。


 俺なら怒らないと信頼されている証だと思って、なんだかほっこりした。


「もういいよー」


 だいたいの位置につくと、二人に声をかけた。

 すると、猫みたいに「ふしゃー!」と威嚇しあっていた梓としほは、同時に目線を外してスタートの構えになる。


 …………これは、もしかして俺が開始の合図を出すべきだろうか。

 たぶん、二人とも待っている。しかも俺の方を見ていたのでそういうことなのだろう。


「――よーい、スタート!」


 声を張り上げて、開戦の狼煙をあげる。

 すると、二人は一斉に海水に沈んで……バシャバシャと泳ぎ――いや、違う。これは泳いではない。


 しほも梓も、はたから見ると『もがいて』いるようにしか見えなかった。

 一生懸命だから応援はしたくなる。でも、申し訳ないけれど、これは『泳げている』とは言えないような気がした。


「はぁ、はぁ……!」


「うぐ、んにゃー!」


 しかし二人は、熱戦を繰り広げている『つもり』なのだろう。

 真剣な顔つきで必死にバシャバシャしていた。


 それを見ていると、なんだか無性に心がくすぐられる。

 これは、あれだ……父性だ!


 幼い子供が、運動会で一生懸命がんばっている時と同じ心境なのかもしれない。


「がんばれ……二人とも、がんばれー!」


 気付けば、俺の応援にまで熱が入っていた。

 もう中盤は過ぎている。残り十メートルをきって、しかし二人は体力的に限界なのだろう……一旦足をつけて、休憩する。


 いや、事前申告より泳げてない――と茶々を入れるような人間はこの場にいない。


「ま、まだまだっ」


「絶対負けないっ」


 梓としほは、もうお互いしか見えていないようだ。

 勝負は互角。ゆっくりと、だけど確実に前へと進み……俺に向かって直進する。


「もうちょっと!」


 二人を出迎えるために、手を差し伸べる。

 そして、俺の手を掴んだのは……!


「――やったー!」


 誰よりもこの勝負に意気込んでいた白銀の少女。

 しぃちゃんが、僅差で勝負を制したのだった――。

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