四百九十一話 ようやくの水着回! その21

 なんだか梓の様子がおかしい気がする。


「あはは、面白かった! 霜月さんってたまにすごく笑わせるからずるいよねっ」


「べ、別に笑わせたいわけじゃなかったもん……」


「え? なに? 声が小さくて聞こえないよ! もっとちゃんと言って!」


「むぅ。なんでもないっ」


 しほは拗ねたようにそっぽを向いている。

 ご機嫌は斜めに傾きつつある……いつもの梓なら、このあたりで一歩引いてしほが不機嫌にならないように気を付けるはずだ。


 梓は空気が読めないタイプではない。

 学校ではむしろ、周囲の顔色に気を遣っておとなしくしているくらいだ……しほや俺の前では調子に乗る傾向があるものの、こちらが本気で気分を害するような発言はしない印象がある。


 だけど、今の梓は歯止めが緩んでいるように見えた。


「ねぇねぇ、霜月さんって自分のこと大きいって思ってるの? 残念でしたー、梓と同じくらいでーす」


「……むむむっ」


 しほも、梓の様子がいつもと違うから、どうリアクションしていいか分からないのだろう。難しそうな顔で唸っていた。


 やっぱり、今の梓はおかしいよなぁ。

 もしかして体調不良なのだろうか?


「えっと、梓? ちょっとごめん」


「ふぇ?」


 心配になって、彼女のおでこに手を当てる。

 ふむふむ。熱はなさそうだ。顔色は……悪くない。いや、いつもよりかなり血色が良いように見える。目も爛々と輝いていた。


「おにーちゃん、なに? ってかなんで梓に触ってるの? シスコン?」


「シスコンじゃないから」


 じゃない……と、思いたい。

 いや、まぁ梓はかわいいし、大切に思ってるけど、過剰な愛情表現はしていないのでそう言われるのはちょっと心外である。


「気分とか悪かったりするか? 今の梓、普段とちょっと違うから……心配で」


「あ、やっぱりシスコンだー!」


 えー。

 体調を気遣っただけでシスコンになるなら、どうしようもなかった。

 家族なら当たり前だと思うんだけどなぁ……あと、シスコンって嫌がられるのはまだ理解できるんだけど、なぜか嬉しそうな顔をしているので不思議である。


 義妹の感情がよく分からない。

 いや、喜んでるならまぁいいや。難しく考えるのはやめよう。


「えへへ~。おにーちゃんったら、本当に梓のこと大好きなんだから……まぁ、好きなら別にそれでいいよ? 梓はおにーちゃんのこと、普通だけどね!」


「はいはい、分かった分かった」


 あやすように頭をポンポンと叩く。

 普段なら「触んないで!」と嫌がられるけれど、今日はなぜか受け入れてくれた。


 これは、もしかして……あれかな?

 梓はテンションが高いのか? 体調不良とかじゃなくて、はしゃいで興奮しているだけだとしたら……歯止めが緩んでいることも、普段より発言が過激なことも、そのくせすごく楽しそうにしていることにも、納得できた。


 海に行こうって誘った時は、すごく渋っていたくせに。

 いざ、海に入ったら楽しくなっちゃったらしい……なんだか梓らしくて微笑ましかった。


 とりあえず、梓は元気である。

 それは良いことだけれども。


「――むむむ!」


 一方、しほはなんだか面白くなさそうな顔で俺をジッと見ていた。

 唇を尖らせて、むくれたようにほっぺたを膨らませている。


「あずにゃんにばっかり構って……ずるいわっ」


 あ、やきもちだ。

 慣れているのでしほが妬いているのはすぐに分かった。


 かまってちゃんだからなぁ。

 さて、どうしよう? とりあえず話しかけて……と考えていたけれど、しほはスッと俺から視線をそらして、梓の方を見ていた。


「あずにゃん? そろそろ、勝負でもしましょうか」


 少し、冷えた声が発せられる。

 珍しい……最近はずっと『しほちゃんモード』を維持していたけれど、今は不機嫌だからなのか昔みたいな『霜月さんモード』がちょっと顔を覗かせていた――。

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