四百九十話 ようやくの水着回! その20

 海水浴なんていつぶりだろう?

 たしか、小学生の時……叔母さんに連れて行ってもらったよう記憶が微かにある。


 十年以上前のことだから、詳細は覚えていない……でも、なんとなく梓の幼少期も思い出したので、たぶん俺が言いだしたような気がする。


 当時の梓は、実兄が亡くなった影響で元気がなかった。

 だから、少しでも楽しい気持ちになってほしくて、海に行こうと言い出したのかもしれない。


「あれあれ? おにーちゃん、なんで浮き輪なんて持ってるのー? もしかして泳げないってことですかー? ぷぷー、おにーちゃんってばおもしろーいw」


 あの、泣いてばかりだった少女も、大きくなっている。

 今はニヤニヤとイタズラっぽく笑って俺をからかっていた。


 梓は俺のことをこうやってよく笑う。ちょっとナマイキな感じで。

 しかし、それが不思議とイヤな気分にならないのは……幼少期の彼女に比べて、今はすごく楽しそうにしているからだろう。


 そう考えると、自分の感情に納得できた。


「えーい! くらえー!」


 ……でも、さすがにやりすぎじゃないかなぁ。

 せっかく顔に付着していた海水を拭っていたのに、それを上塗りするようにバシャバシャと海水をかけていくる梓。


 不意打ちだったのでちょっと目に入った。


「ちょ、ちょっと……!」


 のけぞるように腕で庇う。

 そうやったところで、むしろ梓は喜ぶと分かっていても……無意識に体が反応したのだ。


「えへへ~! おにーちゃんのそういう顔を見てると、なんかぞくぞくするっ」


 ――だ、大丈夫かな?

 俺のせいで、変な性癖に目覚めてないといいけれど……真実を知るのが怖かったので、申し訳ないけれど興奮したように息を荒げる梓から目をそらして、しほの方を向いた。


「……にゃ、にゃにっ!? これにゃんにゃのー!?」


 彼女はなんだかあたふたとしている。

 先程、俺が貸した上着の裾から手を入れて何やらやっていた。


 そういえばさっきから大人しいと思っていたけれど……どうしたんだろう?


「しぃちゃん、どうかしたの?」


「さ、さっき海に飛び込んだ時に、お洋服の中がむずむずしてて……な、なんか入ってない!? お魚さんとか――もしかしているの?」


 本当に!?

 そんなことありえるのだろうか……俺をからかっているだけ?

 いや、でもしほは焦った表情を浮かべている。演技をできるほど器用な子じゃないことは知っているので、嘘をついていないことは瞬時に分かった。


「幸太郎くん、とって!」


 当たり前のように、彼女は服の裾を上げる。

 白い肌と、おへそと、脇腹が見えて……またしても顔が熱くなりそうだったけど、それはこらえてちゃんと見た。


 ……って、落ち着け俺。

 服の裾を上げても何も落ちてこないってことは、魚だっていないに決まってるのだ。


「大丈夫だと思うよ」


 照れをこらえて、平静を装いながらそう伝える。


「そう? 良かっ――!?」


 すると、しほは安心したように胸をなでおろして……それから、ハッと何かに気付いたように顔を上げた。


「む、胸元に引っかかってたりするんじゃないかしら!? お魚さんが、私の胸元に!!」


「胸元……!」


 それを確認しろと?

 いやいや、さっきのことを忘れたの?

 情けないけれど、俺はそういうのに慣れてないから……さすがに荷が重い。

 でも、しほがそれを望んでいるなら――と、勇気を振り絞ろうとしたその瞬間だった。


 ――パシャッ!


 再び、顔に海水をかけられる。


「わぷっ」


 今回は、しほも巻き添えを食らっていた。


「あははははは!」


 もちろん俺たちに海水をかけたのは梓である。

 彼女は俺たちを見て笑いながら、こう言った。


「お、面白い冗談だねっ……あはは、霜月さんって引っかかるほど胸大きくないのに!」




 …………。




 ま、まぁ、冷静に考えたらそうかな。

 いや、別に小さいと言っているわけじゃない。もちろん大きいわけでもないけど。


 とにかく、あれだ。

 うん。梓の言葉は、意外と正論だった――。

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