四百八十九話 ようやくの水着回! その19

 なんやかんやあって、しほと梓が水泳対決をすることになった。

 聞いたところによると、二人とも泳げないわけではないと思うけれど……かといって、得意というわけでもないみたいだ。


 まぁ、しほは泳いでいるところを見たことがないので、どれくらい泳げるのかは正直なところ分からない。彼女は自信過剰な一面もあるので、もしかしたら全然泳げないかもしれないし、あるいはその言葉通りちゃんと泳げる可能性もある。


 とはいえ、梓が水泳を苦手としていることはちゃんと知っている。中学生の頃、水泳が嫌いだったらしく、家でよく愚痴を言っていたのだ。


 なので、できれば浮き輪を持たせてあげたい。

 でも、それは梓のプライドが許さないだろう。それは聞く前にもう察していた。


 ……本当に大丈夫だろうか?


 万が一の可能性が頭をよぎって、不安になる。

 ここはプライベートビーチで、人も少ない……何かがあったら、対応が遅れるんじゃないかな?


 と、心配していたけれど。


「ここのビーチは安全だよ。クラゲ対策にネットも張っているし、定期的に見回りしている警備の人間もいるからね。何かあればすぐに助けが駆けつけてくる態勢が整っている上に、ワタシというチート人間がいる。万が一、という可能性すらないから安心していいんじゃないかな?」


 と、メアリーさんは俺の不安をかき消すようにそう言って、再び砂遊びに戻った。

 顔に出ていたのだろうか……相変わらず他者の感情を読み取る能力に長けている。


 これで人間性がまともなら、もっと人望もあったと思うんだけどなぁ。

 まぁ、メアリーさんがそう言うのであれば、大丈夫か。


「二人とも、日焼け止めは塗った?」


「うん! あずにゃんに塗ってもらったから大丈夫っ」


「梓も、霜月さんに塗ってもらったから大丈夫……そんなことより、おにーちゃんも早く来て? ちゃんと審判やってね!」


 喧嘩してたくせに、その寸前までは仲良しなことをしていたらしい。

 日焼け止めを塗ってあげるって、かなり親しくないとできないような……まぁ、喧嘩というかただのじゃれ合いである。二人とも対立しているような雰囲気を醸し出しているけど、傍から見たら本当の姉妹……いや、双子みたいにも見えてしまうから不思議だった。


「えっと、すぐに行くー」


 海辺で俺を手招く二人に声をかけて、念のため浮き輪を抱えてから砂浜を歩く。

 ビーチパラソルの下から出ると、すぐに灼熱の太陽が肌を焼いた。さっき、しほに上着を貸したので上半身は裸である……一応、先程日焼け止めは塗ったけれど、後で肌が赤くなりそうだなぁ。


 いや、俺はどうでもいいか。

 しほと梓が日焼けして辛い思いをしないように、小まめに休憩を挟んで……と色々考えていたら、いつの間にか梓としほが海に入っていた。


「わひゃー! うみだぁ……幸太郎くん、うみー!」


「わわっ。波が……うぷっ。うぇ~。海水がぁ」


 のんびりしていた俺が待てなかったのだろう。

 まだ浅いところだけど、梓としほは泳ぎ出そうとしている。


「あ! ちょっ、待って!」


 慌てて小走りになる。二人を追いかけるように海に入っていくと、水の重みで足がもつれて転んでしまった。


 ――バシャン!


 顔から海水に倒れ込む。もちろん、水がクッションになっているので痛くはない……けれども、塩のせいでしょっぱいし、目も痛いので、急いで顔を上げた。


「あはは! 幸太郎くん、転ぶなんておもしろいっ! うんどーおんち~」


「ぷぷー! おにーちゃん、だっさーい! 転ぶとか、恥ずかし~」


 そして二人がイタズラっぽく笑っていたので、ついつい苦笑してしまった。

 梓もしほも、俺に対してはすごく調子に乗るというか……ナマイキというか。


 まぁ、そういうところは嫌いじゃないので不快感はない。

 むしろ、俺の失敗すら笑ってくれる二人には、好ましい感情を抱いているくらいだ。


 ……中山幸太郎という人間は、意外とからかわれるのが好きなのかもしれない――。

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