四百八十八話 ようやくの水着回! その18

 ――太陽が、雲に隠れた。

 そのおかげか、先程まで生温かった空気が冷えて、吹き抜ける風も涼しく感じた。


 これなら、ビーチに戻っても今以上に体調が悪化することもないだろう。

 先程休んだおかげで気分の悪さも良化している。


 でも、胡桃沢さんの一言がどうしても気になって、バルコニーが出られずにいた。


『あんたたちの関係を穢しているのは、霜月か』


 彼女はどんな目線で俺たちを見ているのだろう?

 どうしてそんなことを考えているのだろう?


 気になる。

 だから、聞いてみたい。

 でも、胡桃沢さんはもう話を続ける気はないようで。


「そろそろ霜月たちのところに戻ってあげなさい? 心配させちゃうから」


 そう言って、胡桃沢さんは一人にしてと言わんばかりに俺から目を背けた。

 無言で前方を眺めている。焦点のあっていない目を見ていると、彼女の意識がここにないことがなんとなく分かった……きっと、考え事に没頭しているのだろう。


 だったら、仕方ないか。

 胡桃沢さんが話したくないのであれば、俺にはどうしようもない。


 なので、何も言わずにその場を離れた。


 彼女の真意は気になるけれど……まぁ、言う必要があることは、ちゃんと言ってくれる人だと思う。今はまだ、俺が知る必要のないことだと、胡桃沢さんが判断したのかもしれない。


 だから、俺にできるのは待つことだけだった――。






「あ、幸太郎くん! やっと戻ってきたっ」


「おにーちゃん、遅くない? 海に来てまで家事がしたいなんて、梓には信じられないなぁ」


 ビーチに戻ると、ビーチパラソルの影で砂遊びをしているしほと梓が出迎えてくれた。

 あれ? 二人とも、もうすでに海で泳いでいると思ってたけど……体が乾いているので、俺がいなくなってからもずっと砂遊びをしていたらしい。


「海、入らなかったんだ」


「うん! だって、あずにゃんが泳げないもの」


「は、はぁ!? 梓は泳げるよ! じゅ、じゅーめーとるくらいだけど……」


「それは泳げているとは言えないと思うわ」


「じゃあ霜月さんは泳げるわけ?」


「泳げるわよ! じゅーごめーとる!」


「梓とほとんど一緒だよ!? 泳げてないじゃん!」


「あずにゃんに比べたら泳げているわよ?」


 二人とも、水泳が苦手だったらしい。

 だから、二人だけで海水浴するのは不安だったのだろうか……まぁ、メアリーさんが見てくれているから、何があっても大丈夫だったとは思うけど。


「ちゃんと見てたよ。危ないことがあったらあのピンクに減給されてしまうからね……はぁ。いつからワタシは子守になったんだか」


 俺の心を読むあたり、相変わらずハイスペックである。

 彼女も、梓としほと同じように砂のお城を作っていたけれど……二人に比べると完成度が段違いで、思わず二度見するレベルだった。


「じゃあ勝負する!? 霜月さんと梓、どっちが泳げるか……決着をつけようっ。おにーちゃんも来たところだし!」


「ええ、上等だわ……あ、わたしが勝ったら今日一日『おねーちゃん』って呼んでね? 約束よ?」


「え? べ、別にそんなことするなんて一言も……」


「自信、ないのかしら?」


「――ある! ボコボコにする……霜月さんになんて絶対に負けないんだからね!!」


「うふふ、望むところだわ」


 そして、あれよあれよのうちに二人が勝負することが決まった。

 勇み足で海へと向かって行くその途中、メアリーさんが作成中の砂のお城を踏んでいたけれど、それに気付かないくらい二人は興奮しているらしい。


「HAHAHA……これで三回目だよ。彼女たち、悪気はないんだろうけどちょっとワタシに酷くないかい? ぐすん、これではまるで賽の河原だ……いつになったら、シュリ城が完成するのかねぇ」


 メアリーさんは力作を壊されても苦笑するだけである。

 正直、ちょっとだけ同情したけれど……そういえばなんでこの人は首里城を作ってるんだろう?


 本当に、不思議な人だった――

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