四百八十六話 ようやくの水着回! その16

 今更になって、思い出す。

 そういえば俺は――胡桃沢くるりという人間をよく知らない。


 一時期、色々あったけれど……あの時の彼女は、竜崎のせいで何かがおかしかった。

 竜崎龍馬という主人公がいなくなった後――結月やキラリが元に戻ったように。


 胡桃沢くるりもまた、彼女本来の姿に戻ったのかもしれない。


 だとするなら、その奥にある本質を知りたい。

 そう思わせる『何か』が、胡桃沢さんにはあった。


「あたしが髪の毛をピンク色にした理由、前に言ったことがあるけれど覚えてる?」


「……たしか、平凡だから『特別』になりたかった――って、言ってたと思う」


「正解。よく覚えてるじゃない」


 まだ、彼女が俺を『好き』だと言っていた時。

 平凡な自分がイヤで、特別になりたかった。だから髪色を奇抜にしたのだと、胡桃沢さんは語っていた。


「色がついてしまったのよ。いえ、正確に言うなら色を『つけて』しまった」


「……色?」


「ええ。本来、あたしが持っていない色をつけて強引に自分を捻じ曲げた。そうねぇ……あの無駄に脂肪がついているメイド風に言うなら『キャラクター』をつけてしまったのよ」


 なるほど。

 無駄に脂肪がついているメイド……恐らく、メアリーさんか。彼女みたいな説明はすごく分かりやすかった。


「だから、真っ白でいられる霜月が眩しい。あたしみたいに、何色にも染まることなく『白』のまま成長できた彼女が、かわいくて仕方ない……あと、ほんのちょっとだけ羨ましく思っている」


 髪の毛の色と同じように。

 色素の薄い透明感のある銀髪は、光の加減で純白に見えるときもあるわけで。

 それが『霜月しほ』のカラーでもあった。


「あと、あんたも……中山も、白に戻れて良かったじゃない。一時期、色んな色が混じっていたようだけれど、良かったわね」


「……胡桃沢さんの目には、ちゃんと戻れているように見える?」


「ええ。今のあんたは、ちゃんと『中山幸太郎』よ……そして残念ながら、あたしが好きになった少し陰のある『中山幸太郎』ではないから安心して。もう、中山に好きと言う感情はない」


 ――不安に思っていた、わけではない。

 でも、前に好きと言われたこともあって、接し方が分からかったけれど、そう言ってくれて気持ちが楽になった。


「最近、過去の自分を冷静に見られるようになって、分かった。あたしは……あたしみたいに、自分を強引に色付けして特別になっていた中山だから、好きになったんだろうなぁ――って」


 そして、今は色が抜けているから興味がない。

 ――そういうことに、なるのだろうか。


「……だけど、本当は霜月みたいに無色でありたかった。本来のあたしを、ちゃんと認められていれば――今頃、胡桃沢くるりだって彼女のように純粋なままでいられたのかもしれない」


「しぃちゃんも、意外と苦労してるみたいだけど……」


 話を聞いて、少し納得できない部分があって。

 正直なところ、しほみたいになるのは……良いこととは、あまり思えない気がしたのだ。


「分かってる。霜月が苦しんでいることだってちゃんと分かっている……だから、そばで行く末を見届けたいのよ。純白の彼女が、そのままちゃんと大人になれたら――それはとっても、素敵だと思う」


「そうなんだ……だから、胡桃沢さんはしほに優しくしているんだ」


「ええ。まぁ、あのクソメイドとは違った意味で人間観察が好きなのよ……特別な人間に、強く惹かれる。あんたを好きになったように、竜崎を魅力的に思った時期があるように、なんだかんだクソメイドを捨てられないように……霜月も同じように、見てしまう。ただ、それだけ」


 誰よりも『特別』に憧れた、普通の少女だからこそ。

 彼女は、しほと仲良くしてくれているようだ――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る