四百八十五話 ようやくの水着回! その15

 バルコニーには屋根がない。

 でも、太陽の位置関係で建物が日差しを遮ってくれているので、今は涼しかった。


 しかも、眼前には広大な海が広がっていてとても景色がいい。

 後で、しほも連れてきて一緒にぼんやりするのも良さそうだなぁ――と思ったけど、無理かな。少し時間が経つと日差しが入ってくるだろうし。


 それはちょっとだけ残念だ……と、無言で考えていると。


「意外とうぶなのね」


 唐突に、胡桃沢さんが語り掛けてくる。

 俺と一メートルほど離れた位置。ゆったりとした椅子に足を組んで座る彼女を見る。


 しかし胡桃沢さんは俺を見ていない。

 海を眺めていたので、俺もそちらに視線を移して返事をすることにした。


「まぁ……慣れてはいないかな」


「今時、女の子の水着姿を見ただけで真っ赤になる男子って早々いないと思う」


「まさか、自分でもそこまでとは思ってなかったよ」


 苦笑しながら、そう呟く。

 俺だって好きで赤くなったわけじゃない……体が自然とそう反応したのだ。


「ネットで見たりしてないの? 今ってそういう時代なんでしょ?」


「知らないよ。俺には……あんまり、そういう感情が分からなかったから」


「そう……なるほどね。あんたから感じる、謎の安心感はそれかしら」


「それ?」


「――裏がないのよ。男性特有の、何かを狙っているような……隙を探るような気配がない」


 男性の俺には分からない女性特有の目線。

 そういえば胡桃沢さんは、あまり異性とかかわろうとしない。

 今日だって、俺以外に男性が存在しなかった。


 荷物を運びこんだり、緊急時の力仕事の時を考慮すると、男性がいた方が安心ではある……でも、ここに来る車を運転していた人でさえ、そういえば女性だった。


「別に悪いことではないわ。むしろ、生物としては自然なことで……まぁ、当たり前のことなのよ。あたしが気にしすぎているだけで――あとは、霜月も少し過剰に反応してるかしら」


「しぃちゃんが?」


「ええ。あの子にはちょっと親近感を覚えている……いや、あたしよりも霜月は酷いかしら。中山と出会わなかった未来を考えると、ゾッとする。間違いなく、霜月は今みたいに笑えていないでしょうね」


 もし、俺と出会わなかった未来。

 しぃちゃんが……しほが、孤独なまま――幼馴染で傲慢な頃の竜崎に絡まれ続けている未来を想像する。


 仮にそうであった未来があるなら、きっと彼女は……。


「奇跡なのよ。ああいう子が、ああやって純粋なまま、何者にも穢されることなく……濁ることなく、純粋なまま存在していることが信じられない」


「……そういえば気になってたんだけど、胡桃沢さんはしぃちゃんのことをどう思ってるの?」


 少し前から知りたかったことを、聞いてみる。

 このタイミングなら答えてくれそうだと思ったのだ……すると、彼女はようやく海から俺の方に視線を移動した。


 つられて、俺も彼女を見つめる。

 胡桃沢さんは真顔で、冗談めかすこともなく、ちゃんと答えてくれた。


「あたしが成り得た、可能性の一つ」


 そして、その答えは――想定をはるかに超える思慮の果てに辿り着いた、少し理解の難しいものだった。


「……可能性?」


「ええ。もしかしたら……あたしも、ああなれていたかもしれない――そういう意味で羨ましく思っているし、憧れているし、大好きだと思っている」


 嫌悪ではない。そう断言できる。

 好意の一つではあるだろう……でも、その感情はすぐに頷けるほど、容易な構造をしているとは思えなかった――。

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