四百八十四話 ようやくの水着回! その14

 別荘に入る。

 室内は冷房が効いているおかげでひんやりとしていた。少し、汗ばんだ体には冷たすぎる


 胡桃沢さんも水着なので、これだと寒いだろう。冷房のスイッチを切って窓を開けた。

 海辺ということもあって風が涼しい。これならまぁ、ちょうどいいような気がする。


「本当に気が利くのね。優しいじゃない」


 そんな俺を見て、胡桃沢さんはなぜか笑っていた。


「あたしが寒いと感じたって、よく気付けたわね」


「いや……まぁ、俺も寒かったから」


「ウソつき。あんたとしては冷房が効いてた方がいいでしょ?」


 まぁ……もうちょっと室温が低くてもいいとは思う。

 ただ、別にそれは優先しなくていいことだろう。


「自分を優先するのが得意じゃないんだよ。胡桃沢さんのためでもないから、気にしないで」


「なるほどね。そういうことなら、優先されてあげるけど」


「うん。俺だけが得しているような状況だと、逆に申し訳ない気持ちになってあんまり楽しくないんだ。だから。優しくしてるわけじゃない」


「ふーん? そう言うのなら、そうやって認識しておこうかしら」


 そう言いながら、胡桃沢さんは俺の隣をすり抜けてバルコニーへと出た。

 ここでは食事もできるようにテーブルと椅子も置かれている。そのうちの一つに座ったので、俺もバルコニーに出て柵にもたれかかった。


「隣には座んないわけ? あたしを警戒してる?」


「いや? しぃちゃん……しほを警戒してる」


「ふふっ。そういうこと? 面白いわね」


 俺が違う女の子の隣に座ったら、しほはとても拗ねてしまう。

 だからそういうことにはなるべく気を付けていた。


「あんたと霜月を見てると、なんだかほっこりするわ」


 胡桃沢さんが、ピンク色の髪の毛を指先でいじりながらそう呟く。

 脈絡のない言葉に、ちょっと反応が送れた。


「ほっこり……?」


「ええ。ほっこりする……こういう素敵な関係性を築くことができるなんて、とても素敵じゃない?」


「素敵、になれてるかな」


「少なくともあたしにはそう見える」


「意外とギクシャクすることもあるよ? ずっとうまくいってる、というわけじゃないけど」


「そんなの当たり前のことでしょ。違う人間なんだから、考えが違うことは多いに決まってるじゃない……そういう負の一面さえも見せあえる関係が、あたしには眩しく見えるのよ」


 そう言って、胡桃沢さんは足を組んで背もたれに深く腰かけた。

 それから、伸びをするように背筋を伸ばす。


 仕草が猫みたいで、ついチラチラと見てしまう。

 その視線に彼女は気付いたらしく、小さく笑って目を合わせた。


「本当に小さいのが好きなのね」


「あ、いや! そういう目線じゃなくてっ……猫みたいだなぁって、思ったから」


「猫、好きなの?」


「好き……なのかは分かんない。飼ったことがないから」


「じゃあ犬派?」


「犬も好きだよ。でも、どうだろう……犬も猫も好きになれると思う」


「心が広いのね。こだわりがないだけって、あんたは言うだろうけど」


 図星だった。

 今まさに、こだわりがないだけだよ――って言おうとしていたのである。


「あたし、自分には見る目があると思っているの」


「見る目? 観察眼とかそういうこと?」


「それも含めて……相手の人柄を見抜く目に優れている自信があるわ。何せ、無駄に資産家の家に生まれたものだから、それだけたくさんの人を見てきた……だから、なんとなく分かる」


 彼女の赤い瞳が、俺を移す。

 しほの透き通るような目とは対称的な、血を連想させる赤い目は……ついつい見つめてしまうような、魔力を秘めているような気がした。


 そんな彼女が、こう語ったのだ。


「中山は善良で理性のある人間よ。だから……霜月にムラムラして熱を出した自分を恥ずかしく思う必要はないから、安心しなさい?」


「ちょっ!? む、ムラムラして熱を出したわけじゃないから! まったく……」


 真面目な顔で何を言ってるんだか。

 冗談を口にする胡桃沢さんに、俺は思わず笑ってしまった――。

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