四百八十三話 ようやくの水着回! その13

「おにーちゃん、大丈夫?」


 珍しく梓が俺のことを心配している。

 普段は素っ気ないというか、ツンツンしていることが多いのに……なんだかんだ、体調不良の時は心配してくれるところが、梓の可愛いところだと思う。


「うん、梓のおかげで助かったよ。ありがとう」


「……べ、別に? ただ、おにーちゃんが倒れたら、お部屋の掃除とか誰もしてくれなさそうで嫌だっただけなんだからねっ」


 分かりやすいなぁ。

 そっぽを向いてつれない態度を取っているけれど、言動があからさまなツンデレなので微笑ましかった。


「か、かわいすぎる……っ!」


 しほは、そんな梓を見て目をキラキラと輝かせている。

 ……せっかく海に来たのだ。あまり、俺の看病ばかりさせるのは申し訳ない。


 そう思ったので、遊びに行ってもいいよと促すことにした。


「俺は気にせず、海で泳いできたら?」


「……でも、本当に大丈夫なの? おにーちゃん、強がって元気なふりをしてないよね?」


「そうよ。幸太郎くんってそういうところがあるわ」


 と、二人は心配してくれていたけれど、大丈夫と頷いておく。

 とはいえ、しほと梓は優しいので……何も言わなければ、たぶんずっとそばにいてくれるだろう。


 そうやって気を遣われるのは、実はあまり得意じゃない。

 感謝の気持ち以上に、申し訳ない気持ちが勝るのだ。


「もう元気だし、俺も泳ぎに行きたいから……でも、その前にちょっと用事があるんだよ」


「用事って?」


「梓たちも手伝おっか?」


「いいのか? じゃあ、お願いしようかな……別荘内の片づけを――」


「「遊んでくるっ!」」


 家事が嫌いな二人は、一目散に海へと駆けていく。

 適当な口実だったんだけどなぁ……想定以上に二人が思い通りに動いてくれたので、思わず笑ってしまった。


 まぁ、多少元気になっているのは事実である。

 もう体調も問題なさそうだけど、念のため少し様子が見たい。

 万全とは言えない状態なのだ。


 そういうことなので、別荘に戻って涼みながら宣言通り片付けでもすることにした。


 あ、でも――二人のことを見守っていた方がいいのかな?


 別荘に戻る途中。ふと不安が頭をよぎる。

 海は危ないことも多いしなぁ……と、引き返すか迷っていると。


「中山? どうしたの?」


 先ほどまでビーチにいた胡桃沢さんが追いかけてきた。


「別荘で休まないといけない程、体調が悪いってこと? それなら、近くの病院に――」


「いや、そうじゃなくてっ。そこまで大げさじゃないよ……ただ、別荘内の片づけでもしようと思ったけど、梓としほが心配になって、引き返そうとしてたところ」


「ああ、そうなのね」


 安堵したように、胡桃沢さんは胸をなでおろす。

 彼女は、フリルのついた薄いピンク色の水着を着用している。よく似合っていて、まるでモデルさんみたいだ。


「中山の妹と霜月は、うちのメイドに見守らせているから大丈夫じゃないかしら? この旅行中、誰も怪我をさせるなと厳命しているから問題ないと思う」


「……メアリーさんが見てくれてるのか」


 あの人が見守ってくれているなら、大丈夫かなぁ。

 性格はあまり良くないというか、利己主義の権化みたいな存在だけど……悪い人間というわけじゃない。だから、信頼感はある。


 むしろ、様々な能力に秀でている分、トラブルに対処する能力は俺よりも勝っているだろう。


「じゃあ、別荘で片付けでもしようかな」


「そうね。海で泳ぐには、少し体調がよろしくなさそうだし」


 ……バレたか。

 梓の心配通り、実は強がっていたりする。


 まだ体調が完全回復していないので、海で泳ぐのが少し怖かったのだ――

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