四百八十一話 ようやくの水着回! その11
熱中症――というわけではない。
なんというか、体調不良の感覚はなくて……どちらかというと、お風呂に長時間入ったにのぼせている状態の方が近いかもしれない。
もしくは、徹夜明けの脳みそがふわふわしている状態か。
思考回路が覚束ない……ビキニ姿のしほを見ていると、なんだか酔っているような感じになってしまう。
もちろん、お酒は飲んだことないけれど。
とにかく俺は『普通』ではなくなっていた。
「おにーちゃん、ちゃんと目をつぶっててね? 梓が今から、霜月さんに上着貸すから」
さすが、誰よりも長く一緒にいる家族だ。
俺のことも良く見てくれていたみたいで、状態異常を瞬時に察してくれたのである。
「え、幸太郎くん……本当に、私が可愛すぎて倒れそうだったの!?」
「可愛い、じゃなくて! えっちだったの!」
「え……っ!」
その一言は、普段のしほからは遠い言葉である。
可愛い、とか。
綺麗、とか。
そういう言葉には馴染みがあるような容姿の少女なのだが……だからこそというか、セクシーだという印象は薄い。
彼女は芸術品に近い存在なのだ。
絵画とか彫刻とか、そういう『美』を持っているがゆえに――梓の『えっち』という言葉は、まったく慣れていないのだろう。
「そ、そう? え、えち、えちっ……こほん! まぁ、それなら……うん。分かったわ、ちゃんと隠しておく」
またしても、恥ずかしくなったのだろうか。
目は閉じているので見えないけど、たぶん真っ赤になっているような気がした。
最初は怯えて、次は調子に乗って、それから恥ずかしがる……感情がコロコロと変わるなぁ。
そういうところが、しほの魅力である。
と、いうわけで梓がようやく俺の背中から降りてくれた。
「おにーちゃん、くれぐれも目を開けないでね?」
念入りにそう注意されて、待つことしばらく。
梓はどうやら、先程俺から借りた上着をしほに渡しているようだ。微かな衣擦れ音が聞こえる……その数十秒後、もう大丈夫と教えてくれるように軽く背中を叩かれた。
「おにーちゃん、今ならいいよ」
背中に触れる梓の手が、今度は撫でるように左右に動く。
それで目を開けると……予想通り、俺が梓に課していたラッシュガードをしほがちゃんと着用してくれていた。
顔は、ほのかに赤い。
さっきまで見せ付けるような態度を取っていたのに、今は随分と大人しかった。
「幸太郎くん……えっと、あれだった?」
「あれって?」
「あの……『えっち』すぎたの???」
そんな、ストレートに聞かれると困る。
言わなくても察してほしいけど、なぜかしほは俺の言葉を待っている……いや、俺がハッキリと言うまで動かないと言わんばかりにまっすぐこちらを見つめていたので、逃げることはできなかった。
「うん、こんなこと言うのは不快に思われるかもしれないけど……今まで見たことない『しほ』に見えた」
しぃちゃん、と呼べるような存在ではなかった。
知らない誰か……もちろん、俺の理想に近いような素敵な女性が目の前にいて、そのせいで意味が分からないくらいにドキドキさせられたのである。
この感情は、聞く人に寄ったらあまり気持ちが良くないようなものだと思う。
だけど、しほは……どこか嬉しそうだった。
「――子供扱いばっかりされている気がしてたから……幸太郎くんが、そういう対象に見てくれていて、良かった」
微笑むように、彼女が笑う。
上着を着ているとはいえ、ラッシュガードの布は薄い……太陽の光でわずかに透けているような気がして、俺はまたしても彼女を直視できなくなってしまうのだった――
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