四百七十九話 ようやくの水着回! その9

 細身で小柄でこそあれども、スタイルが抜群にいいというわけじゃない。

 少なくとも、スラリとした体形の胡桃沢さんや、女性的な凹凸が目立つメアリーさんの二人と見比べると、肉体的な造形として抜き出ているわけじゃない。


 それなのに、この場の誰よりもしほが輝いて見える。

 控えめな体つきであろうと関係ない……まるで視線が吸い寄せられるみたいに、しほ以外のものが見えなくなってしまう。


 それほどの魅力を……いや、魔性めいた魅惑を、霜月しほは放っている。


「こ、幸太郎くん? あのね……えっと」


 やっぱり、なんだかんだしほだって恥ずかしさは感じているのだろう。

 顔が赤い……のは、まぁいつも通り。


 でも、今日は肩や胸元まで赤くなっているのが見えて、言葉が出なかった。

 透明感を覚えるほどに純白の肌は、陽光を反射して微かに眩しいとさえ感じてしまう。

 照れのせいで血色はいつもよりいいのだろうか……ところどころ赤みがあって、その濃淡がしほの可愛さを増長していた。


「――――」


 似合ってるよ、とか。

 かわいいよ、とか。

 素敵な水着だね、とか。


 普段なら……もうちょっと冷静であれば、ちゃんと声をかけてあげることもできたかもしれない。

 だけど、今は無理だ。


 あまりにも、魅力的……いや、刺激的過ぎて、何も考えられなかった。


 水着を試着した時以上の衝撃を受けてしまっている。

 もちろん、悪い感覚はない……むしろ、ビキニ姿のしほを見られたことで、心は喜んでいる。


 あまりにも喜んでいるせいで、情緒が追い付かないだけだ。

 でも、俺が黙っていることで、しほは良からぬことを考えてしまったらしい。


「や、ややややっぱりダメかしら? 幸太郎くんの言う通りに、もっと子供っぽいのが良かったかも……うぅ、やっぱりこういう水着を着るなら、もっと胸が大きい方がいいのかしらっ……!」


 不安そうにそんなことを呟いて、なぜか腕を組むようにしてお腹あたりを隠していた。

 焼け石に水、というか……その一部を隠したところで、露出が減るわけじゃない。


 むしろ、その仕草が可愛くて、余計にドキドキしてきた。


「大きさなんて関係ないよ」


 無意識に、言葉が溢れ出る。

 しほの不安を拭ってあげるように微笑んで、首を横に振った。


「俺、やっぱり……モブキャラじゃなくて、普通の男性だったんだな――って、今思った」


「……どういうこと? 幸太郎くんは、モブじゃないのは当り前よ?」


「うん、分かってる。だから、まぁ……うん」


 この言葉を言うのは、自分の欠点を認めたみたいで言いたくない。

 でも、言わずにはいられない……そうしないと、しほの勇気に報いることができないと、そう思ったからようやく自分の弱さを認めることが出来た。


「――今のしぃちゃんを、他の男性に見られなくて良かった……って、そう思ってる」


 くだらない独占欲。

 子供じみた感情だと、俺は思っている。

 だって、しほは一人の人間である……彼女の行為を、俺の意思で制限するなんてやりたくないし、できないと思っていた。


 だけど……恋愛って、意外とそういうことなのかもしれないと、ふと思った。

 付き合うって、お互いの一番であることに対する契約みたいなもので。

 要するに、悪く言うと独占欲でもある。それがなかった……いや、あると認めたくなかったからこそ、俺はしほに対して多くを求めなかった。


 でも、しほは多分物足りなかったのだと思う。

 彼女はもしかしたら……俺に、こういうことを思われたいと、思っていたのかもしれない。


「うふふ♪ おバカな男の子ね……私は、あなた以外に興味なんてないのにっ。まったく、仕方ない幸太郎くんだわ」


 だって、しほは今……とても幸せそうに、笑っているのだから――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る