四百六十九話 孤独だった少女の現在
そんなこんなで、俺としほは胡桃沢さんの所有するプライベートビーチに行くことになった。
『他にも連れてきたい人がいるなら大歓迎よ。遠慮なく誘いなさいね。じゃ、そういうことだから……霜月、後でメッセージ送る。ちゃんと返信しなさいよ?』
『そうだ、リョウマを連れてくるといいよ! 彼に場をひっかきまわしてもらおう、コウタロウ……任せた!』
『あ、男は禁止だから。あたし、中山以外の男は無理。獣にしか見えないし』
『貧乳のくせに自意識過剰だねぇ。ちっ……はぁ、またつまんないイベントになりそうで残念だ』
『うるさい、帰るわよ。バカメイド……じゃあ、バイバイ』
と、そんなことを言い残して二人は帰って行った。
もちろん、水着は既に購入済みである……彼女たちがどんな水着を買ったのかは、実は知らない。俺には見せてくれなかったのである。
あと、しほの水着も選びなおしになってしまった。
俺はあれが良かったのになぁ……胡桃沢さんが『もっと可愛いのがいいに決まってるでしょ』と言って却下したのだ。
「……初めて、女の子と買い物をした気がするわ」
胡桃沢さん、メアリーさんの二人と水着を選んでいたしほが、よろよろと俺に歩み寄る。
その顔は満足そうで、頬が緩んでいた。この買い物は良い思い出になったのだろう。
「女の子って、あんなにオシャベリなのね……楽しかったけど、ちょっと疲れちゃった」
「お疲れ様。俺たちもそろそろ帰ろっか」
「うん。帰る……幸太郎くんのお家でのんびりしたいわ」
ゆっくりと二人で歩く。
途中、購入した水着の入った荷物を持ってあげようかと聞いたみたけれど、彼女は首を横に振った。
「ダメ。これは当日のお楽しみって、胡桃沢さんと約束したわ。だから、見せてあげないもーん」
「……見ようとしたわけじゃないよ。でも、そういうことなら分かった」
まぁ、重くはない荷物なので、変に気を遣いすぎたかもしれない。
優しさの押しつけはただの自己満足にしかならないこともある。それは気を付けないと。
「胡桃沢さんと仲良くなれそうだね」
「意外と好意的でびっくりしたわ。連絡先も交換しちゃった……幸太郎くん、あずにゃん、北条さんに続いて四人目!」
そう言って、しほが指を四本立てる。
数としては、人によっては少ないと感じるかもしれない。
でも、出会った頃……誰とも会話できなかった彼女と比べると、その『四』という数字はとてつもなく大きかった。
「あと一人で五人よっ。どうせだから、大台に乗りたいわ」
五人が大台かどうかはさておき。
しほにとっては、キリがいい数字という認識なのかもしれない。
「メアリーさんか、キラリに聞けばよかったんじゃない?」
「んー……あの二人はどうかしら? メアリーさんは私に意地悪なことしか言わないし、浅倉さんはなんかすっごく相性が悪いから、難しいわ」
「そうなんだ。人間関係ってたいへんだね」
「ええ。たいへん……だったのね」
その言葉を、しほは噛みしめるように呟いていた。
「たいへんってことを、知ることができるくらい……人と仲良くなれたのは初めてだわ」
それから、彼女は俺の方を見てニッコリと笑った。
「ありがと」
――いきなりの感謝の言葉は、何に対してなのかよく分からなかった。
いきなりどうしたんだろう?
気になったので、少しの間静かに耳を傾ける。
しほはオシャベリが好きだけれど、オシャベリが得意と言うわけじゃない。
だから、待ってあげることも必要だと言うことを、分かっている。
そうすれば、彼女は拙いながらも一生懸命に、自分の言葉を話してくれるのだ。
「幸太郎くんのおかげで、色んな子とお話できるようになったわ……みんな、幸太郎くんと関係のあった人ばかりだものね。私のスマホに他人の連絡先があるのは、あなたのおかげよ」
……梓も、結月も、胡桃沢さんも。
みんな、元をたどれば俺が発端の繋がりではあるのか。
「幸太郎くんがいてくれたから、私にもこうやって普通の高校生らしい交友関係ができている……それが分からない程、おバカちゃんじゃないのよ? だから、ありがと。幸太郎くんがいてくれて、良かった」
その感謝の言葉に、俺も笑った。
そう言ってくれる君がいてくれて、本当に良かった。
そうじゃないと俺は、こんなに幸せな気持ちを知ることができなかったと思うから――
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