四百六十八話 恋愛経験→ゼロ

 しほと胡桃沢さんは、意外と仲良くなれそうである。

 遭遇した当初こそぎこちなかったけれど、時間が経つにつれて少しずつ距離感も近づいていた。


「そういえば、霜月はもう水着を選んだの?」


「うん、幸太郎くんと話し合って決めたわ」


「どれ?」


「あっちにカゴを置いてて、そこに入ってるけれど……」


「見せて。あんたみたいなかわいい女の子が、どんな水着を選んだのか気になる」


 そういうことで、店内へと再び戻る。

 先程話しかけてくれた店員さんは……今は俺たちとは違い人の接客をしていた。

 試着室のすぐ近く。そこのには先程、俺としほが選んだ水着が置いてある。


 セパレートタイプで、パレオのついたビキニ。

 それを見て胡桃沢さんは肩をすくめた。


「悪くないけど、なんか無難ね……」


「やっぱりそうよねっ。私も、もうちょっとセクシーなタイプが良かったのに……幸太郎くんが、これじゃないとダメって言うのよ」


「俺としては、もうちょっと露出はない方が好きだけど」


 そう伝えると、胡桃沢さんは小さく笑った。


「中山って、意外と独占欲があるんだ」


「え? 俺が? いやいや……嫉妬とかはあんまりしたことないけど」


 うちのしぃちゃんはやきもち妬きだけれど。

 俺はあまり、そういう感情を抱いたことがない。


 でも、俺が選んだ水着を見て、胡桃沢さんはこう思ったらしい。


「他の男に霜月の肌を見せたくないから、露出するのはイヤなんでしょ?」


「……うーん」


 それを考えていたわけじゃない。

 そもそも、そういうことであれば、海になんて誘わないと思う。

 しかしながら、俺が気付いていない俺の感情があるようだ。確かに、他の男性にしほの肌が見られたいかと聞かれたら、しっかりと首を横に振るだろう。


「別に恥ずかしいことでもないし、みっともないわけでもないから素直になれば? むしろ、そうやって無意識にでも霜月を思っていることは、いいことだと思う」


「……しぃちゃんの意思を束縛したくない、とは心がけているけどなぁ」


「だから認められないんじゃないの? まぁ、男子ってそういうものって聞いたことあるし……彼女がかわいかったら尚更、そういう感情を抱いてもおかしくないんじゃない?」


「そういうものなんだ」


 だったら、いいのかな?

 俺も自覚はないけど、もしかしたら独占欲めいたものがあるのかもしれない。


「霜月も、別に悪い気はしてないでしょ?」


「……むふふっ♪ あらあら、幸太郎くんったらそうだったのね? いつもは余裕ぶってるけれど、なんだかんだかわいい男の子だわ」


 少し、しほがナマイキな顔つきをしていた。

 とはいえ、悪感情は抱いていなさそう……というか嬉しそうなので、まぁそういうことでいいや。


「胡桃沢さんって、なかなか経験豊富そうだわ」


「そうでもないわよ。使用人の女性に聞いたことがあるだけ」


「この貧乳は耳年増なだけだよ。自分は一度も経験がないくせによくもまぁ、偉そうに言えたものだね。幸太郎の前だからってかっこつけてモテる女気取りかな? 恥ずかしいねぇ」


「そういうあんたは経験あんの?」


「ワタシに見合う男性がいれば、いつでも経験する用意はできてる」


「あんたに見合う男性なんて石を投げたら当たるくらいいるわよ。性格がねじ曲がってるし、世の中の大抵の男性はあんたより上よ」


「……ふむふむ、つまり二人とも恋愛経験がゼロってことは――私の方が上ってことかしら?」


「「…………それはちょっと違う」」


 唯一、恋愛経験のあるしほがマウントを取れて喜んでいる。そしてそれには納得できないのか、胡桃沢さんとメアリーさんが即座に否定した。


 いや、でもしぃちゃん……俺の告白、断ったこと覚えてる?

 君がへたれて俺たちは付き合ってないんだから、ここにいるみんな対等だった――

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