四百六十七話 こんな何も起きないくだらない日常ラブコメもううんざりだっ
しほは元々、かなり重度の人見知りである。
俺と出会ってからは改善したけれど……出会った当初は本当にひどかった。第三者が同じ空間にいるだけで、彼女は何も話せなくなるくらいに緊張していたのである。
もちろんそれは過去の話。
今ではすっかり人前でもはしゃげるようになった。
とはいえ、だからといって他者が得意かと言われたら、そんなわけはなく。
「プライベートビーチ……誰もいない、私たちだけっ」
しほは、胡桃沢さんの提案にとても前向きのようだった。
内弁慶で、おうちが大好きな少女で……外出するのは基本的にイヤがるような生粋のインドア派。
そうなってしまったのは、やはり他人が苦手だから。
その問題があったから、去年の夏休みは外に出かけることもなかったのだと思う。
今回も、しほは100パーセント乗り気というわけじゃなかった。
他人に水着を見られることに抵抗があったのかもしれない。
でも、胡桃沢さんのプライベートビーチに行けば、その心配はなくなる。
「ほ、本当にいいの? 私と幸太郎くんもお邪魔させてもらって……迷惑じゃないかしら?」
「いいえ。むしろ、賑やかになって楽しそうだと思う」
なんとなく分かる。
胡桃沢さんに、他意はない。
メアリーさんのような作意だらけの人間ではなく、彼女は良い意味で普通の少女だ……単純に、級友として遊びに誘っているだけなのである。
その好意を、しほは感じ取っているらしい。
俺や梓意外の人間であるにも関わらず、珍しく彼女は笑顔を見せていた。
「やったわ。うふふ♪」
「……あんた、やっぱりかわいいわ。そんな笑顔を見せられた、ちょっとドキドキするかも」
「そ、そうでもないわ。胡桃沢さんの方がかわいいもの」
さっきまではややぎこちなかったけれど。
しかし、少しずつ二人は打ち解けてきた。
意外と……こちらも相性は悪くないのかもしれない。
「ちっ。険悪になれ……険悪になれ……険悪になれ……もっと物語をシリアスにしろ! こんな何も起きないくだらない日常ラブコメもううんざりだっ。ワタシをもっと楽しませろよ……くそ、仲良くなんてならないでくれよっ」
メアリーさんはしほと胡桃沢さんが仲良くしているのが気に食わないのだろう。
隣から呪詛を吐いていたけれど、胡桃沢さんは無視して、しほはキョトンとして、まったく二人には届いていなかった。
「おいおい、キミたちの頭はお花畑なのかな? シホ、彼女はコウタロウを奪おうとした女狐だぞ? 仲良くなんてしたら、コウタロウが寝取られちゃうかもしれないんじゃないかな?」
また、この人は……不安の種をまこうとしている。
しかし、シホは相変わらず困惑した様子で、愛想笑いを浮かべていた。
「うーん。胡桃沢さんは、そんな人じゃない気がするわ……」
「乳牛。霜月は純粋なんだから、あんたの穢れた言葉で汚さないで」
「ちっ。クルリも、シホは恋の勝者だぞ? 会話していて劣等感とか感じないのかい?」
「いいえ、別に? 霜月はいい子そうだから、前々から仲良くなれないか気になってたのよ」
「え、本当に? わぁ、嬉しい……えへへ」
のれんに腕押し。
馬耳東風。
豚の耳に真珠。
面白いほどに、メアリーさんの思惑通りにはいかない。
むしろ、メアリーさんという共通の敵が現れたことによって、二人はさっきよりも仲良くなっているように見えた。
しほと胡桃沢さんの仲を引き裂くのは、難しそうである。
もう、この物語はメアリーさんの好む形にはならないのかもしれない――
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