四百六十六話 プライベートビーチ

「って、給料なしってどういうこと?」


「黙りなさい。クビとどっちがいいの?」


「……HAHAHA! もちろん、給料なしだよご主人様っ。ファック」


「あたしはあんたが苦しそうなときが一番好きよ。永遠に不幸でいて」


 と、いうやりとりでひとまず胡桃沢さんとメアリーさんのトラブルは落ち着いた。


「見苦しいところを見せたわね。デート中に邪魔しちゃった? 霜月も、ごめんね」


「あ、いえ……別に大丈夫だけれど」


 不思議だ。

 しほと胡桃沢さんが会話すると、変な緊張感が漂う。

 お互いに嫌っているわけではないように見えるけど……遠慮しているような空気感だ。


「うーむ。やっぱり株でもやろうかな……いや、でもなぁ。今の状態のワタシだと、面白ハプニングで大損する可能性もあるし……実際に前に失敗して財産全部溶かしたからなぁ。どうしたものか」


 一人でぶつぶつ呟いているメアリーさんは、ひとまず無視しておこう。

 とりあえず、俺はどう動いたらいいのかな?


(まぁ……しほの水着も選んだし、もう帰ってもいいのか)


 しほも居心地が悪そうだし、ここに長居する理由はない。

 そう思っていたけど……胡桃沢さんが何か言いたそうにしていた。


「ねぇ、あの……霜月と中山も泳ぎに行くの?」


「そ、そうよ? 海に行こうかなって、幸太郎くんに誘われたわ」


「海はいいわね。でも、この時期ってシーズンだから混んでるし、人が多いとちょっとめんどくさいというか、霜月がナンパされて困る可能性もあると思わない?」


「むぅ。ナンパは嫌い……あ、でも幸太郎くんに守ってもらうイベントが起きるかもっ」


「それは素敵ね。でも、中山以外の男に水着姿を見せたいの?」


「いいえ。そんなことありえないわ」


「そうよね。だったら、その……」


 何かを言おうとしているのは分かる。

 彼女は意外と口下手で、説明がやや足りない部分も多い。メアリーさんとのやり取りを見ていても、素直じゃない場面が散見される。


 だけど、今は歩み寄ろうとしているように見えた。

 しほとの間に漂うぎこちない空気を変えるために……胡桃沢さんが、一歩踏み出そうとしているように感じたのである。


 だから余計ないことは何も言わずに、静観していた。


「あたしの家、別荘があるのよ。少し遠いけど……プライベートビーチもある」


「え? それはすごいわっ。もしかして、胡桃沢さんってすごい人?」


「あたしの親が、お金持ちなだけよ……だから、えっと」


 と、まだ言い淀んでいたけれど、『プライベートビーチ』という単語で言わんとしていることがなんとなく分かった。


 なるほど。胡桃沢さんとメアリーさんがここに水着を買いにきたわけで。

 要するに、別荘に行くのだろう……そして、しほにそれを言っていると言うことは――つまり。


「二人も、一緒に――」


「――シホとコウタロウも来るかい? って、そこのピンクは次に言うよ」


 ……せっかく、胡桃沢さんが素直になろうとしていたのに。

 一番いいタイミングで、メアリーさんが口を挟んできた。

 

 さすがだ……空気を読めているくせに、その上で読まないあたりが彼女らしい。


「クソメイド……っ」


「にひひ」


 胡桃沢さんが苦々しい表情を浮かべる。

 そんな彼女を、メアリーさんはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて見ている。


 とはいえ……ここで怒ってもメアリーさんの思うつぼだと胡桃沢さんは分かっているのだろう。

 感情的にはならずに、彼女はあえて冷静にしほにもう一度話しかけた。


「ええ、そういうことよ。つまり……一緒に行かない? プライベートビーチ、人もいないし海も砂浜も綺麗で、避暑地としてとてもいい場所なの。あたしとこのクソメイドの二人だけというのは寂しいから……どう?」


 その提案は、とても魅力的なものだった――

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