四百六十四話 幸太郎ハーレム


 しほが、胡桃沢さんとメアリーさんを視認する。

 その瞬間、彼女の動きが止まった。


「…………」


 無言で、どうしていいか分からないと言わんばかりに、目を見開いて硬直している。

 一方、胡桃沢さんはぎこちない表情で、困ったように頬をかいていた。


「……いざ対面してみると、意外と言葉が出てこないものね。えっと、こういうときは挨拶からでいいのかしら? こんにちは」


「……こ、こんにちは」


「霜月はあたしのこと覚えてる?」


「忘れるわけないわ……胡桃沢さんでしょ?」


「あら、認識してくれていたのね」


「うん……だって――幸太郎くんのこと好きになった人だから」


 あれ?

 二人には面識があったのか?


 その情報は初耳だった……前に、俺が知らない会話が二人にあったのだろうか。


 たぶん、一年生の頃である。一応、俺たちはクラスメイトだったし、あの頃は竜崎の全盛期で色々なイベントが起きて、巻き込まれていたので、二人が顔合わせしていてもおかしくはないのか。


「違う。好きになったわけじゃない。ちょっと、気になってただけだから」


「……それは好きになったってことじゃないの?」


「微妙に違うのよ……そういうことにしておいて」


「あ、うん……ごめんなさい」


「謝る必要はないけど……こっちこそ、気を遣わせてごめんなさいね」


 そう言って、胡桃沢さんは俺としほの手に視線を動かす。

 さっきは繋がれていたのに、胡桃沢さんを見た瞬間にしほは手を離してしまった。


 しほはやっぱり、彼女の登場に何も思っていないわけじゃないようだ。


(……と、冷静ぶっているけれど、俺も実はどうしていいか分からないなぁ)


 俺はしほが好きだ。

 胡桃沢さんのことはクラスメイト以上の関係はないけれど……少しでも意識を向けたら、しほがやきもちを妬くような気がして、反応が難しい。


 昔、俺のことを好きになってくれた人でもある。

 だからこそ、俺と胡桃沢さんの関係もぎこちなくて……ものすごくギクシャクとした空気が漂っていた。


「ハロー♪ シホ、ワタシのこと覚えてるかな? 覚えてるよね?こんなにおっぱいの大きい女の子を忘れたなんて言わせないよ?」


 でも、メアリーさんは相変わらず空気を読まない。

 読めないのではなく、読んでも退屈だから意図的に無視をする。

 いつもはその奔放さが厄介だと思っていたけれど……今は逆に、すごくありがたかった。


「それは、もちろん……おっぱい、おっきーから」


「にひひっ。Gカップなんだ」


「下品な部位ね」


「低品質な部位のキミに言われるのは心外だね」


「私、胡桃沢さんよりちーさい……」


「シホは存在に価値があるから大丈夫さ。大丈夫、キミはコウタロウみたいな変態から需要がある」


 変態じゃないよ。

 まったく……とはいえ、メアリーさんを中心にみんなの緊張が解けてきた気がした。


 このまま、当たり障りのないやり取りで誤魔化そう……と、思ったのに。


「さて、かつては物語をけん引したメイン級のヒロインが、後日談の日常ラブコメで出くわすなんて……面白いイベントだね。というか、冷静に考えてみたら三人ともコウタロウにメロメロなメンバーじゃないか。どうだい? ここらで、正妻でも決めておこうか?」


 やっぱりこの人はダメだ。

 場を落ち着けたと思ったら、一気にかき乱そうとしてくるから、本当に厄介である。


 だいたい、俺にメロメロってなんだよ……正妻を決める?

 俺が好きな人はしほなんだから、そんなこと言われても困るのに――

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