四百六十三話 勝ちヒロインと負けヒロインの邂逅


 メイド服を着たメアリーさんが、俺を見て嬉しそうに目を輝かせる。

 小走りで近づいてきて、いきなりこんなことを口走った。


「胸が大きくなったんだよ」


「……なんでそれを報告するの?」


「ここに来た理由を教えてあげたんだ。胸が大きくなって、持っていた水着のサイズが合わなくなったってことさ……どうだい? お色気担当として、この巨乳は優秀じゃないかな?」


「そんなこと言われても……」


 相変わらず反応に困ることを言うなぁ。

 自慢するように胸を張っているけれど、俺は小さい方が好きなので大して何も思わなかった。


「うん、さすが中山ね。その辺の石ころみたいな男連中は、この脂肪の塊を見て鼻の下をデレデレと伸ばすのだけれど……あんたは違う。人の本質を見てるから、胸の大きさに左右されないのよね」


 あと、巨乳に無関心な俺を見て胡桃沢さんは感心していたけれど……買いかぶりすぎというか、単純に小さい方が好きなだけなので、褒められても気持ちは複雑だった。


「あはは」


 とりあえず笑っておこう。


「ふむふむ、なるほどなるほど……これは面白い場面に遭遇したようだね」


 メアリーさんは何やらニヤニヤと笑っている。


「コウタロウがここにいるということは――しほもいるのかな? さてはキミたちも泳ぎに行くつもりだね。それで、水着を買いに来たというわけだ」


 相変わらず察しが早い。

 前ほどの万能感はないというか、胡桃沢さんのメイドになったことで自信を喪失したのか……行動に大胆さがなくなって、それが影響してか最近ミスが増えたメアリーさんは、自分がポンコツキャラになったと前に説明していた。


 それでもまだ、彼女の聡明さは損なわれていない。

 状況判断が早くて説明の手間が省けた。


「これはいいイベントだ……負けヒロインと勝ちヒロインが遭遇するなんて」


「勝ち負けって、あんまりよく分かんないんだけど」


 メアリーさんは相変わらず発言がメタ的だ。

 もうそういう思考をやめたので、以前より彼女の言いたいことが理解できなかった。


「それはもちろん、コウタロウに選ばれて勝ったシホと、選ばれなくて負けたピンクのことだよ」


「……それは別に、勝ち負けの問題じゃないと思うけどなぁ」


「そうよ。あたしは負けたわけじゃないわ……タイミングが悪かっただけ。あと、別に中山のことはもう好きじゃないから。勘違いしないでよね?」


「うわっ。ツンデレだよ、コウタロウ……時代に取り残された骨董品だ。ちょっと前までは食傷気味だったけど、今こうしてみるとレトロとしての価値があるかもしれないね。日本風に言うと『いとをかし』。趣があっていいねぇ」


「この牛メイド……相変わらずむかつくわね」


 メアリーさん、今日は調子が良さそうだ。

 胡桃沢さんは言いたい放題言われて、うんざりしたようにため息をついている。


「そう。霜月もいるのね……一応、去年は同じクラスだったし、挨拶しておこうかしら」


「おいおい、話しかけて大丈夫かい? 惨めな気持ちにならないといいけれどね(笑)」


「……減給してやる」


 と、いつものように二人が喧嘩をしているときだった。


「こ、こーたろーくん……どこぉ? ひとりにしないでぇ」


 か細い声が、耳に入ってくる。

 そして、店内からよろよろと出てきたのは……泣きそうな顔で俺を探しているしほだった。


「しぃちゃん、ごめんね。ちょっとお手洗いに行ってて」


「あ、いた! 幸太郎くん、迷子になったらダメよ! ちゃんと私のとなりにいなさいっ。め!」


 そう言いながら、彼女は俺の手を握る。

 そこでやっと安心したのか……周囲を見渡す余裕ができたみたいだ。


「って、あれ? なんで……ん?」


 メアリーさんと胡桃沢さんを見て、しほはキョトンとしていた。

 さて、この出会いがどうなることやら――。

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