四百六十二話 牛さんとまな板さんとの遭遇

 大人っぽいセクシーな水着がほしいしほ。

 子供っぽいキュートな水着が見たい俺。


 お互い、意見を譲らないまま平行線をたどって……やがて行き着いた先は、二人の折衷案にして、妥協案だった。


「セパレートタイプのパレオ……まぁ、悪くないわ」


「うん。ちょっと肌の露出が多いけど、悪くないね」


 おなかとかおへそとか見えるけど、しほはどうしても大人っぽさに拘ってこれにしたのである。

 俺としてはワンピースみたいな形状が良かったけれど……まぁ、下はパレオになっていて、いわゆるスカートっぽくなっているので、ギリギリセーフかな。


「じゃあ、あと一回り小さいサイズがあるか、聞いてきてくれる?」


「それ、一番小さいやつだったと思う」


「着れなくはないのだけれどっ……少し、ゆるいわ」


 と、いうことで先程話しかけてくれた店員さんに話しかけると、彼女は快く相談に乗ってくれた。


「サイズが合わないのですか? どれどれ……ふむふむ。これ、一番小さいサイズですね」


「水着ってサイズ調整とかできるんですか?」


 ふと気になったので、聞いてみる。

 水着のサイズをどうやって調整するのか、想像できなかったのである。


「できますよ。いや、通常であれば調整しなくてもサイズピッタリの物を購入すればいいのですが……お客様は少々、スタイルが良すぎますね。こういうときは、パッドなどを入れて調整も可能です」


 ……男性の俺には分からなくて当然だったか。

 どう反応していいか分からなくて曖昧に笑うと、店員さんは微笑ましそうに表情を緩めて小さく頷いた。


 年頃の俺に気を遣ってくれる、いい大人だなぁ。


「それでは、スリーサイズをお測りしてもいいですか?」


「え? あ、あのっ……! こ、幸太郎君も一緒なら、大丈夫です」


「いやいや、大丈夫じゃないよ」


「少々、我慢してくださいね。彼氏さんに素敵な水着を見てもらうためにも」


「……うぅ、がんばりますっ」


 そんなこんなで、店員さんが試着室の中に入っていった。

 今からスリーサイズを測るのだろう……なんだか近くにいることすら恥ずかしくなって、気分転換に店の外へ出た。


 ついでだし、今のうちにお手洗いを済ませておくか。

 そうして元の場所に戻ると……少し、不思議な光景が見えた。


「牛さん。さっさとついてきなさい……あんた用の水着を買いに来たのだから、早く歩いてくれない?」


「イヤだね。どうしてワタシがこんな庶民の安っぽいお店に来ないといけないんだい? もっと高級なところに連れて行ってくれないと困るねぇ。金持ちのお嬢様を舐めないでくれよ」


「お金で物事を判断する安っぽい人間性のくせに、よくそんな偉そうなことが言えるわね……ここには凄腕のカリスマ店員がいるのよ。彼女に任せたら安くていい水着が買えるの。あんたにも払えるくらいのものが、ね」


「え!? ワタシの自腹!? ピンクが海に行きたいって言うから水着を買うんだ……キミが奢るのが当然だろう!?」


「天引きに決まってるじゃない。あんたには絶対に優しくしないって心に決めているのよ。だから自分で買って」


「理不尽! パワハラだっ……こんなご主人様がいてたまるか。負けヒロインの分際で調子に乗るなよ?」


「クビにしてやろうかしら」


「あわわ、ごめんなさい。負けヒロインは言い過ぎだった……ぼろ負けヒロインって言わないから、クビだけは勘弁してっ」


「……まぁ、別にいいわ。乳牛さんに何を言われても何も思わないし」


「ピンクめ。ワタシのことを牛って呼ぶのやめてくれよ。自分がまな板だからって嫉妬しないでくれないかな?」


「あんたもあたしのことピンクって言ってるじゃない? お互い様よ……って、あ」


 水着店の前で、ピンク髪のツインテール少女と、メイド服を着た金髪美女が言い争いをしていたのである。

 見知った顔だったので、どう話しかけたらいいか悩んでいたら……あちらが俺に気付いてくれた。


「中山がいる」


「ん? あ、コウタロウっ……ちょっと聞いてくれよ、そこのピンクが――」


 ……うーん、どうしよう?

 胡桃沢さんとメアリーさんに視認されて、俺は小さく息をつく。


 しほもいるのに、ちょっと困った状況になりつつあった――。

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