四百五十八話 いちまんえん
と、いうことで水着を買いに近くのショッピングセンターまで来た。
「うふふ♪」
しほはとてもご機嫌である。
当然のように繋がれた手は、一歩歩くごとに前後へと大きく揺れていた。
彼女は少し音程のズレた鼻唄を口ずさんでいる。普段は他人を苦手としているけど、こうやってテンションが上がると何も気にならなくなるらしい。
まぁ、視線が気にならなくなったのはいいことなんだけどね?
しぃちゃん……通りがかる人がことごとく振り向いて、小さく笑っているのに気付いてないのかな?
微笑ましそうな視線を浴びて、若干の照れを覚えながらも、ゆっくりと歩みを進める。
そうして、水着売り場へとやってきた。
「さて、何を買おうかしら? 今なら何でも買える気がするわ……だって、ママが一万円もくれたもの!!」
そう。
しほがご機嫌な理由は、母親のさつきさんからお小遣いで一万円をもらったからだ。
つい、先程のことである。
『あら? 今日は幸太郎も一緒なのね、いらっしゃい……え? お買い物に行くの? 水着? ふーん、海に行くのね……じゃあ、かわいいのを買ってらっしゃい? 幸太郎がちゃんと喜ぶ水着にしなさいね』
と、言ってお財布から一万円を出してくれたのである。
その時のしぃちゃんの反応がすごかった。
『いちまんえん!? し、しししし信じられないわっ……ママが一万円もくれるなんて、スッポンが月を追い抜くくらい有り得ない!!』
うさぎとカメのことを言いたいのだろうか。
あるいは、普段財布のひもが固いさつきさんと比べて、月とスッポンみたいと言いたかったのだろうか。
どちらも意味合いが若干間違えているし、カメとスッポンはそもそも違う生き物だし、月は歩かないし……と、色々とツッコミどころは多かったけれど、とにかく一万円をもらったということは事実である。
『青春らしくていいんじゃない? おうちでゲームばっかりしてたらもったいないわ……それもいいけれど、幸太郎との素敵な思い出つくりも大切だものね』
さつきさんもどうやら俺と似たようなことを考えていたらしい。
『幸太郎、ありがとう。最近のしぃちゃんはあなたの言うことしか聞かないのよ……反抗期かしら? まぁ、楽しんでらしゃい』
最近は、さすがにゲームをし過ぎていると感じていたのかもしれない……外に連れ出してくれる俺をほめてくれた。
霜月家とは、ご両親とも関係は良好である。というか、二人が俺に対してすごく好意的なんだよなぁ。
しっかりと娘を愛しているご両親なのである。しほが好きになってくれた俺を、好きになろうとしてくれている……それがとても嬉しかった。
「ふっふっふ……一番お安い水着を買って、残りは私のお小遣いにしちゃおうかしら?」
親の心子知らず。
一方、しほはご両親の愛に対してすごく甘えていた。
悪知恵を働かせているところが何とも微笑ましい。まぁ、しぃちゃんがもらったお金だから、俺はとやかく言わないでおこう。
「あ、でも幸太郎くんがかわいいと思ってくれる水着じゃないとイヤだわ……そう考えると、安ければいいってものじゃないわね」
「しぃちゃんは何を着てもかわいいから、安くてもいいんじゃない?」
「……こ、こんなこと言ってくれる男の子に、適当な水着を見せたいと思えないわ」
顔を赤くしてニヤニヤと笑うしほ。
褒められるとこうやって素直に感情を見せてくれるから、いつまでも会話していて楽しかった――
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