四百五十七話 しほちゃんは食欲に貪欲

「う、海に行くの? お勉強をするんじゃなくて?」


 しほは俺に説教されるとでも思っていたのだろうか。

 急に海に行こうと言われて、戸惑っている様子だ。


「……あ、分かった! 海に行くと見せかけて、お勉強合宿をするつもりねっ。海の近くにあるベンションとか借りるんでしょう? アニメとかでよく見るやつ!」


「それはそれで楽しそうだね」


 勉強合宿もいつかやってみたい。

 でも、今回は残念ながら……というか、しほにとっては喜ばしいのかな?

 とりあえず堅苦しいことはしない方向で計画したいと思っている。


「お泊りはしないかなぁ。朝、ちょっと早めに家を出て……海で夕方まで遊んで、夜には帰る感じでいいんじゃない? その方が学生っぽいと思う」


「……じゃあ、お外で勉強するの?」


「いやいや、勉強はしないんだって」


 彼女はどうやら俺の言葉が信じられないらしい。

 そうなんだよなぁ……最近、ちょっと俺が口うるさくなりすぎている気がしていて、しほもちょっとめんどくさそうに対応することが増えていたのだ。


 もちろん、悪意があってしつこく『勉強しよう』なんて言ってたわけじゃない。

 同じ大学に行きたいと思っての言葉で、しほもそれは理解してくれていると思う。しかし、論理と感情は違う……彼女は基本的に楽しいことしかやりたくない主義なので、どうしても乗り気になってくれなかった。


 それを俺は反省した。

 少し、自分の意見を押し付けすぎている。前まで、自分の意見を言わな過ぎた反動か、その加減がまだ分からなかったのだ。


 だから、ちょっと俺の心を落ち着けるためにも……それから、しほの気分転換にもなればいいと思って、海に遊びに行くことを提案したのだ。


「海かぁ……んー、泳ぐのはあまり好きじゃないわ」


 ただ、しほは根っからのインドア派である。

 去年の夏休みも、どこにも出かけなかったのはそれが理由だ。

 俺も、どちらかと言えばインドア派なので、彼女の気持ちも分かる。


 しかし、しほと――恋人らしいことをしたかった。


 そういうことなので、どうにかしほの気持ちを上向きに乗せないといけない。

 そしてしほは、欲望に忠実な女の子である。


 特に、食欲に関してはかなり貪欲だ。


「スイカ割り、やりたくない?」


「スイカ……!? 海で食べる、スイカっ」


「海の家で、焼きそばとかかき氷も買えると思う。それも美味しいんじゃないかな?」


「焼きそば……かき氷……!?」


「あと、そうだ! バーベキューもしよう。お肉とか、お魚とか、野菜とか! 炭火で焼いたら美味しいよ?」


「バーベキュー! お肉! お魚!!」


 ……野菜には食いついてくれないところが、しほらしいなぁ。

 まぁ、とにかく興味を引くことには成功したようだ。


 さっきまで乗り気じゃなかったのに、今は瞳を爛々と輝かせていた。


「で、でも……道具とかはどうするの?」


「現地で借りることができそうな場所を探そうかな。最近はバーベキューのサービスを提供しているビーチもあるらしいよ? 俺がちゃんと調べて、手配して、しほが楽しめるようにするから……一緒に、遊んでくれないかな?」


 そうお願いしてみたら、しほはとうとうゲームのコントローラーを床に置いた。


「じゃあ、行く! 海で幸太郎くんと遊ぶっ……あ、でも水着がないわっ。スク水でもいいのかしら」


「どうなんだろう? 俺は別にそれでもいいけど、買いに行くんだったら一緒に行こうか?」


「うん!」


 よし、なんとかいい感じに話は進みそうだ――

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