四百五十六話 部活? 勉強? 何それ、美味しいの?

 8月10日。高校二年生の夏休み。

 普通の生徒なら、部活動に時間を費やしたり、あるいは来年の受験に備えて勉強を開始していたりするのかもしれない。


 しかし彼女はこう語る。


「部活? 勉強? 何それ、美味しいの?」


 中山家のリビングにて。

 扇風機の風に白銀の髪をたなびかせながら、優雅にオレンジジュースを飲む霜月しほさん。16歳。


 実は四日後の8月14日には誕生日を迎えて17歳になる彼女は、偉そうに足を組んでソファにふんぞり返っていた。


「幸太郎くん? あのね……休みの日が何のためにあるのか、あなたは本当に分かっているのかしら?」


「休みの日は、やりたいこととか、やらないといけないことをやる日じゃないの?」


「いいえ、違うわ。休みの日は――休む日なのよ」


 この子は何を言ってるんだろう?

 相変わらず、会話していて飽きない。しほは発想のネジがちょっと緩いので、発言が面白いのだ。


「むしろ、休みの日に休まない人たちの方がどうかしてるわ。部活とか、勉強とか……あまり無理をしたらダメだと思うの」


「でも、一度しかない高校生の夏休みだから、そういう『青春』をしてもいいんじゃない?」


「青春は素敵ね。悪くはないけれど……一度しかない高校生の夏休みだからこそ、辛い練習とか無理のある勉強はない方がいいんじゃないかしら?」


 ……一理ある。

 普段は頭の中がふわふわなのに、たまに鋭いことを言うんだよなぁ。


 ブラック部活、なんて言葉を聞いたことがある。

 よくよく考えてみると、休日もなく毎日のように練習するなんて大変だ。


 大人だって週に一回は必ず休まないといけないと法律で決められているらしい。それなのに、部活に休みがないのはあまりにもかおかしいのかもしれない。


「やりたくてやってることなら別に文句をいう筋合いもないわ。でもね……私は無理なんてしたくないの。だから、お休みの日は休む! それが私の生き方よ」


 と、言ってかっこよく決め顔を作る霜月しほさん、16歳。

 言いたいことは理にかなっているし、反論したいわけじゃない。


 だけど……どうしても納得いかないんだよなぁ。


「だからって、ずっとゲームするのは良くないと思う」


「……げ、ゲームは一日一時間――休憩はしてるわ」


「休憩とプレイ時間を逆転させてほしいんだけど」


「で、でも……ランクシステムが変わってプラチナに行けなくなっちゃったの!」


「何の話をしてるの?」


 最近、シューティングゲームにハマっているのを見かけるけど、多分その関連だと思う。

 しかし俺はプレイしていなので、言っている意味がよく分からない。


 ……いや、ゲームが悪いと言うわけじゃない。

 ただ、しほの場合は明らかにやりすぎだった。


「今年の夏休みは、勉強も頑張ろうって約束したのに」


「……うぐっ」


「同じ大学、行きたいんだけどなぁ」


「……んぎっ」


「しぃちゃん、ゲームに夢中で俺ともあまりオシャベリしてくれなくなったし……寂しいなぁ」


「……ご、ごめんにゃさい」


 ここ一週間くらい、しほはゲームにお熱だ。

 俺の家に来てもずっとコントローラーを握っている……構ってくれないことで拗ねているわけじゃないけど、寂しいというのは本音だった。


 せっかく顔を合わせているんだから、もう少しお話もしたい。


「でも、勉強を押しつける俺にも問題があるのは分かっている。しぃちゃんは根性がないし、嫌なことから逃げるタイプっていうことを把握していたのに、ね」


「ちょ、ちょっとはあるもん! こんじょーは、心の引き出しの奥の隅っこくらいに、たぶんあったと思うっ」


「もうちょっと取り出しやすいところに置いてほしいなぁ」


 実質、根性がないことと同義だと思う。

 まぁ、そういうわけなので……別に説教がしたかったわけじゃなくて。


 つまり俺は、これが言いたかったのだ。


「だから、海にでも行って思い出を作ろう」


「……え?」


 しほはポカンと口を開けている。

 勉強をしろと言われることを覚悟していたのかもしれない……まぁ、それは後回しにしよう。


 つまり、俺はとりあえず寂しいので、しぃちゃんと思い出を作りたいのである。

 と、いうわけで、海に行きたかったのだ――。

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