四百五十四話 ちゅーはお嫌い?

「えへへ~。実は起きてましたー!」


 悪びれる様子はない。

 無邪気に笑いながら、しほはひょっこりと起き上がる。


 だというのに、俺からは離れようとせずに、くっついたままで……さっきからずっと抱き枕のように扱われていた。


 もちろんイヤというわけじゃない。

 むしろ、嬉しいと思っているけれど……今はデレデレしている状況ではないので、少し表情を引き締めておいた。


「しぃちゃん、念のため確認しておくけど……俺がベッドに引きずり込んだわけじゃないよね? 寝ぼけていた俺が、しぃちゃんに何かしてない?」


 まずは状況の整理から。

 こうなった経緯を明確にしかったので、一番危惧している『俺が理性を崩壊させた』という可能性を潰そうと試みる。


「え? 幸太郎くんはぐっすり眠ってたわよ? 私がほっぺたをぷにぷにしたり、唇をむにゅむにゅしたり、わきばらをこちょこちょしたり、胸元をすりすりしても全然起きなかったわ」


 ……よ、よし。俺は無実だ。

 でも、ちょっと待ってくれ……これ、俺がしほに襲われていることになってないか?


「霜月さん……やったのはそれだけだよね? ま、まさか、それ以上のことはしてないよね?」


 梓がしほを疑わしそうに見ている。

 一方、彼女はその目線の意味に気付いていないようで、さっきからずっと朗らかに笑ったまま答えてくれた。


「いいえ? ほっぺたにちゅーもしたけど?」


「えー!? し、信じられないっ……!」


 梓がその言葉にドン引きしている。

 意外と奥手というか、こういうスキンシップに対して結構な抵抗があるみたいだ。

 梓にとって、その行為は気軽にやれるものではないのだろう。


 だからこそ、驚いているようだけど……しほは逆の意味で捉えたようだ。


「そ、そうよね。私、ちょっとへたれちゃったわ……どうせなら唇にちゅーするべきだったというのは分かってるのよ? でも、やっぱり恥ずかしくてっ」


 ほっぺたにキスするくらいなら、唇にすればいいのに――と、言われているように感じたらしい。

 少しだけ、梓としほの会話はかみ合っていなかった。


 そのせいか、梓はしほのことをこう認識したらしい。


「――へ、変態さんだ! 霜月さんは、変態さんだ……!」


 さっきは俺を変態おにーちゃんと呼んでいたけれど。

 今度はしほが、変態さんになっちゃっていた。


「変態じゃないわよ!? な、なんでいきなりそうなっちゃうのかしらっ」


「だって、無防備なおにーちゃんの同意もなく、そんなことするなんて……っ」


「でも、幸太郎くんがイヤがるわけないのよ? 聞かなくてもこういうことを許してくれるだから、私は好きになったの。そして幸太郎くんは私が大好きだから、つまり同意はあるのに?」


「ないじゃん! 霜月さんが勝手にそう思ってるだけで、おにーちゃんはイヤって思ってるかもしれないよ?」


「え、そうなの? 幸太郎くんは、私にちゅーされるのイヤ?」


 そう聞かれたら、まぁ答えは一つしかないけど。


「全然イヤじゃないよ。むしろ嬉しい」


 素直な気持ちを答えたら、しほが嬉しそうにベッドの上で飛び跳ねた。


「ほらー! 私たち、ラブラブなんだからねっ」


 うん、そうだよね。

 俺たちはラブラブなのである。


「……出た、バカップル! うーん、というかもう……変態カップルだね」


「すごくイチャついてますね……わたくしの存在も忘れられている気がします」


 仲良く手を取り合う俺としほを見て、梓と結月は呆れていたけれど。

 他人の視線なんてまったく気にならない。とにかく俺たちは、ラブラブだった――

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