四百五十三話 『不完全』の魅力

「幸太郎さんはいい人すぎてつまんないんですよね」


 結月がいつものようにニコニコと笑いながら、結構酷いことを言っていた。


「否がないところが苦手です。もうちょっと不完全なところがあっていいと思います」


 ……不完全の魅力、というやつだろうか。

 美術作品には、意外と完璧じゃない面が評価されたりするらしい。

 有名なものだと、片腕がない女性像「ミロのビーナス」だろうか。あと、ピサの斜塔とかも系統的には似ているかもしれない。


 結月はどうやら、そういう感覚を強く持っているようだ。


「こういう時、迷わないで手を出せばいいのに……って思います。わたくしは、そういうクズみたいな人間が好きです」


「……じゃあ、竜崎の家に泊まっても良かったんじゃないか? あいつなら当然のように理性が壊れると思うけど」


「いえいえ、それだとキラリさんに対して失礼になるじゃないですか。恋は正々堂々と勝負したいので」


 なるほど。なし崩し的な関係を望んでいないのは、そういう理由だったのか。

 結月は、自分の身を守ると言うよりは、キラリに気を遣っていたらしい……なんとも彼女らしい理由だと思った。


「正直、愛人でもいいと思っちゃうんですけど、それをキラリさんに言ったら怒られちゃいました」


「それは怒られるだろ」


 苦笑しながら、ふとしほの拘束が緩んでいることに気付いた。

 さっきまで四肢でギュッと抱き着いていたのに、今は手がほどけている。足はまだ絡みついたままだったけど、上体だけならどうにか起こせた。


「あ、梓にはちょっと、刺激が強い話だなぁ……ほぇ~。結月おねーちゃん、大人だねっ」


 いやいや、梓……そいうことじゃないと思うぞ。


「大人じゃないよ。結月はちょっと普通じゃないだけだ」


「……わたくしにそんなこと言えるのは、幸太郎さんくらいですよね」


「幼馴染だから性格はよく知ってるよ」


「イヤな関係性です」


「それはこっちのセリフだ」


 ……やっぱり、俺と結月が会話すると少し空気が冷える。

 とことん相性が悪いのだ。俺にしては珍しく、ちょっと素っ気ない態度をとってしまうのだ。


 そしてそれは、結月も同じなのだろう。


「他人に文句を言うことなんてめったにないのですが……幸太郎さんだけはやっぱり特別ですね。気を遣うことができません」


 少し、困ったように肩をすくめていた。

 そんな俺たちのやり取りを、梓は興味津々で見ている。


「ふむふむ、不機嫌そうなおにーちゃんはレアかも……写真とっとこ」


 そう言って、ポケットからスマホを取り出す梓。

 カメラを構えて、撮影をする瞬間……しほがわずかに、体を動かした。


『カシャッ』


 ……ん?

 一瞬、しほが薄目を開けていたような?


 これはもしかして……。


「しぃちゃん、起きてる?」


 声をかけながら、肩に触れる。

 しかし彼女は動かない。


「……すやぁ。ねてるよぉ」


 でも、寝言で返事を返して来たので、起きていることを確信した。

 どうやら狸寝入りしてたらしい。


「あ、写真の霜月さん、目が開いてるよ」


「あずにゃん!? 言わないでっ……せっかく、不機嫌な幸太郎くんを楽しんでいたのに!」


 眠ったふりがバレたことを悟ったのだろう。しほは諦めて目を開けた。

 もちろん、俺から離れてくれない。まだくっついたままである。


「いつから起きてたんだ?」


「……さっき、ちょっとうるさいなと思って起きたの。それで、幸太郎くんが珍しく子供っぽく怒ってると思って、観察してたわ」


「見てたのか……」


 まさかしほに見られているとは思っていなかった。

 こういう一面はあまり見せたくないので……正直ちょっと、恥ずかしかった――

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