四百五十二話 意外な信頼関係

「うぅ……お、おにーちゃんのばかー!」


 涙目になって怒る梓。


「もうたべられないよぉ」


 気持ちよさそうにぐっすりと眠っているしほ。


「ご、ごめんっ。謝るから、泣かないでくれ……!」


 義妹が泣きそうで動揺する俺。


 朝からカオスな状況である。

 なかなか事態の収拾がつかない。どうしていいか分からずに戸惑っていると……騒ぎが気になったのだろうか。この家に泊まっていた結月が、ひょっこりと顔を出した。


「あ、あの……朝から騒がしいのですが、どうかなさいましたか?」


 もしかしたら、起こしてしまったのかもしれない。

 いつもは綺麗に手入れされている髪の毛が、少しだけボサボサである。

 寝ぐせもまだついていて、結月にしては珍しくラフな姿だった。


「結月おねーちゃん、聞いて! おにーちゃんが変態だった!!」


 結月を見るや否や、梓が彼女の豊満な胸に飛び込む。しほには抱き着いたりしないのに……やっぱり結月の方が包容力を感じるんだろうなぁ。


「まぁまぁ、落ち着いてください。男の子は皆さん、変態さんでいらっしゃいますから……幸太郎さんだって人に言えない性癖の一つや二つ、あってもおかしくありません」


「いや、ないよ」


「え? でも、龍馬さんが『中山は絶対ヤバい性癖がある』と言ってましたよ? 『あんなに淡泊な男子高校生が存在するわけがない』って」


 竜崎は何を言ってるんだ。

 そんなわけないだろ、バカ……と、俺にしては珍しく少しムカついた。

 あいつにはやっぱり感情的になってしまうなぁ。そこも反省である。


「とにかく、俺は変態じゃなくて……!」


「まぁ、わたくしとしてはどうもでいいです。幸太郎さんが変態だろうと、そうでなかろうと、興味がありません」


「……そ、そっか」


 反論しようとしたけれど、結月に一刀両断されてしまった。

 相変わらず、幼馴染なのに乾いた関係性である。結月は俺よりも、梓のことが気になっているようだ。


「梓さんは、どうして幸太郎さんが変態だと思ったのですか?」


「だ、だって……霜月さんと朝チュンしてたっぽい!」


「……ああ、なるほど。しほさんが幸太郎さんの隣で寝ているから、そう感じたわけですね」


「うん! ま、まさかおにーちゃんが……梓のおにーちゃんが、こんなに手を出すのが早いチャラ男だとは思わなかった……」


「……幸太郎さんがチャラ男? まさか、そんなわけないですよ」


 結月は俺に対してとことん無関心である。

 でも、だからといって俺を嫌っているわけじゃない。

 とにかく興味がないからこそ、客観的な視点で今回の件を見てくれていたようだ。


「幸太郎さんは、しほさんにエッチなことなんてしていませんよ。恐らく、しほさんが勝手にベッドに入ったのだと思いますよ?」


「……なんでそんなこと言いきれるの? おにーちゃんだって男の子でしょ?」


「男の子ではありますが、幸太郎さんが自分の欲望を暴走させるわけがありませんよ。そういう、自分勝手な一面が少しでもあるのなら……幼馴染のわたくしが好きになるに決まってますから」


 意外と――結月は俺のことを信頼しているらしい。


「自分じゃなくて他人のことばかり考えるいい人だから、わたくしは好きになれなかったんです。ほら、わたくしって『ダメ男』が好きですから……この結月が好きじゃない人間が、エッチなことなんてしませんよ。だから、ご安心ください……ね?」


 そして、サラッと竜崎がダメ男扱いされていて、少し笑ってしまった。


 結月が好きになれない人間だから、信用できる……か。

 変な理屈だけど、意外と説得力はある。


「そ、そうなんだ……!」


 梓も納得してくれていたので、どうにか俺が『変態』という誤解はとくことができそうだった――

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