四百四十九話 幸太郎くんは抱き枕
――ちゅんちゅん。
雀が窓の外で鳴いていた。
時刻は朝の七時。
夏休みでも普段通り規則正しく生活している俺にとっては、いつも通りの起床時間。
しかし、夏休みはぐっすり眠るタイプのしほにとっては、まだまだ睡眠時間だろう。
「すぅ……すぅ……」
深い寝息を立てていた。
俺のお腹にほおずりするように顔を押し当てている。
いや、顔だけじゃない……手はがっちりと俺の胴をホールドしていた。しかも、彼女の足が俺の太もも付近を締め付けるように絡めている。
まるで抱き枕を抱きしめるように。
「…………」
動けない。いや、動けない。
そして頭が働かない。
思考が追い付かない。
な、なんで……しほが俺の布団にもぐりこんでいるんだ?
思い出せ。昨日の夜は、俺が先に寝た。
でも、その後にもしかして何かがあったのか?
寝ぼけている俺が、しほに何かをした……その可能性が頭をよぎらなかったと言えば、ウソになる。
普通の高校生よりも淡泊とはいえ、俺だって思春期の男子高校生。
大好きな女の子に何もしない、とは断言できないお年頃だ。
初めてのお泊り会。
昨日はなんだかやけに眠くて、深夜の記憶がない。
だからこそ怖かった。
俺が、志穂に何かをしてしまったんじゃないだろうか――と。
以前までの、自分に自信がなかったころならそんな疑いは考えることもなかっただろう。
しかし、今の俺はしほが大好きすぎるので、その可能性がないとは言い切れない。
「こうたろうくん……だめだよぉ」
そして、タイミングのいいしほの寝言が耳に入って、ドキッとした。
いったいどんな夢を見てるんだ!?
「そこは山じゃないよぉ……」
もぞもぞとしほが動く。
その瞬間、微かに彼女の匂いが漂ってきて……そんなことに意識を集中させている自分がいることに気付いて、猛省した。
(俺は変態か……!)
いい匂いがする。
ほのかに甘い、しほの匂いだ。
あと、すごく気になっていることが一点ある。
それは……彼女の着ている衣服が、俺のシャツだったのだ。
おかしい。
昨日の夜、この服は着ていなかったはずなのに。
なぜ着替えた?
いつ着替えた?
……どういうことなんだ!?
「…………」
しばらく、無言のまま呆然としていた。
しほを起こさないよう、身動きをとることなくただただ天井を眺めていた。
――ちゅんちゅん。
雀はまだ鳴いている。
それがまた、意識をかき乱す。
「んっ……だめっ」
しほも鳴いている。
いや、鳴き声じゃなくて寝言だけど。
そのせいで、心がざわざわとする。
(どうしてしぃちゃんは……俺の前で、そんなに無防備でいられるんだよっ)
彼女はいつもそうだ。
まるで、お腹を上にして眠る飼い猫のように。
急所をさらけ出しても大丈夫と、そう言わんばかりに安心した顔を俺の前で浮かべるのだ。
昨夜もそうだったのだろう。
俺になら何もされないと、そう思ってたぶん部屋にやって来たと思う。
でも、その後……もしかしたら、俺が布団に連れ込んだ可能性がある。
しほもなんだかんだ押しに弱いから、そのまま受け入れた――という妄想が頭を支配する。
結月が竜崎の家に泊まらなかったのは、それを危惧してのことだった。
俺なら大丈夫と、そう思っていたけれど……いざ自分が同じ状況に立つと、こんなにも不安になることを初めて知った。
竜崎、ごめん。
俺、お前に呆れていたけど……俺ももしかしたら、お前と同類かもしれない――
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