四百四十五話 竜崎龍馬は時代を読めない


 なんやかんやあったけれど。

 そういえば、しほが我が家に泊まるのは初めてだ。


 毎日のように遊びに来ているけれど、夜になったらちゃんと帰っていたからなぁ。

 ……もちろん、俺が嫌われているとか、そういうわけ話ではなく。


 しほは自分のご両親が大好きらしい。だから毎日顔を見たい、ということなのだろう。

 育児放棄しているうちの両親に比べたらとても素敵な関係性だと思う。


 まぁ……母は俺たちが高校生になった時点でもう『大人』と思っているみたいなので、仕方ないか。金銭的な支援はしてもらっているので文句も言えない。

 

 義父の方は正直よく分からない。というか話もあまりしたことがない。

 梓の実父でもあるあの人もなぁ……いや、両親のことはいいや。うちの家族関係を説明するとどうしても暗くなるので、考えることをやめた。


 さて――しほがお風呂に入っている。


「おにーちゃん、覗いたらダメだからね?」


「そんなことしないよ」


 梓は俺のことを何だと思ってるんだろう?

 一昔前のラブコメでは結構お約束的な展開だったけど、最近は時代的な問題なのかそういうシーンは見なくなっている。


 でも……好きな人が我が家のお風呂場にいる、というのはやっぱりちょっと落ち着かなかった。


「お、俺の下着とか、脱衣所に忘れてないよな……? カビとかの掃除を忘れてなかったよな? シャンプーの替えとかあったっけ? うわぁ、どうしよう……梓、確認してくれないか?」


「心配しすぎでしょ。霜月さんはああ見えて細かいことなんて何も気にしない人間なんだから、放置しても大丈夫じゃない?」


 ……それもそうか。

 色々と心配はあるけれど、しほは意外とざっくりした人間である。

 潔癖症でもないし、床に落ちたお菓子は三秒以内だったら平気で口に入れるタイプだ。


 たぶん大丈夫とは思うけど……それでも落ち着かないなぁ。


「そんなに気になるなら見てくれば? 霜月さんだったらまぁ……なんか許してくれるんじゃない? おにーちゃんのこと好きすぎてちょっと気持ち悪いくらいだし」


「気持ち悪くはない。めちゃくちゃ可愛い」


「はいはい、うるさいなぁ。ねぇ、結月おねーちゃんもそう思わない?」


 そう言って、梓は枕にしている結月に声をかける。

 今、俺の義妹は結月のふとももを枕にして寝そべっていた。


 しほよりも慕っているんだろうなぁ……素直に甘えている。

 それが結月も嬉しいのだろう。先程よりは表情が柔らかかった。

 

「まぁ……しほさんなら許してくれそうではありますよね。男の子ってそういう生き物でしょうから、仕方ないと思います」


「それは男を勘違いしてると思う」


「え? でも、龍馬さんは覗いてきましたよ?」


「あいつと一緒にしないでほしい……」


 そして竜崎は何をやってるんだ。

 もっと時代を読めよ。だから信頼されてないんだ……こういう時に頼られるような男になってほしいものである。


 まぁ、そういうところもあいつらしいから、いいんだけど。


「それにしても……あの幸太郎さんがデレデレしてるので、ちょっと慣れません。ほら、昔はもっとロボットみたいな人でしたから」


「たしかに。人って変わるよねぇ~」


「梓さんも変わりましたよ? 昔よりなんだかちょっとだけ大きくなりました」


「……嫌味? この胸でそんなこと言われても困るんだけど?」


「嫌味なんて、そんなつもりないですよっ。成長してお姉さんになった、って意味です」


「それならいいけど、梓は子供じゃないんだからね?」


「ええ。分かってます……子供じゃなくて、立派な高校生ですね」


 そんなやり取りを交わす梓と結月を見ていると、なんだか昔を思い出した。

 竜崎と出会う以前はよくこうやって仲良くしていたのだ。


 いや、二人だけじゃなくて、キラリも含めて三人は意外と相性が良かった記憶がある。

 これからは前みたいに仲良くできるのだろうか。


 だとしたら、俺もなんだか嬉しかった――

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