四百四十三話 末っ子が一番偉い


 夜になっても結月のご両親から連絡がこない。

 旅行先はヨーロッパらしいけれど、朝に出発したのだからもう到着しているはずなのに。


「二人ともおっとりしてますから……念のため、『幸太郎さんの家で厄介になっている』という一文も添えたので、たぶん安心して返信は後回しにしている可能性があります」


「……むむっ」


 夕ご飯の後片付けを終えても、まだ結月の件は片付きそうにない。

 なので、母親から電話を受けていたしほは、ものすごく複雑そうな顔をしていた。


「ママっ。このままだと幸太郎くんが違う女の子と寝泊まりしそうなの! ええ……ええ! さすがママだわ。天才ね……うん、そうする! じゃあね、バイバイ!」


「しぃちゃんのお母さん、いつ頃に迎えに来るって?」


「――明日!」


 しほはもう帰らないといけない時間帯である。

 結月のことはあるけれど、こればっかりはどうしようもない……そう思っていたら、なんと彼女は帰らないという選択肢を選ぶことにしたようだ。


「今日は泊まってもいいよって、ママが言ってくれたの。あと、パパも『幸太郎によろしく』って電話の後ろで言ってたわ」


 ……霜月家からの信頼が厚すぎる!

 大切な娘さんを任されるほどの男になったのかと考えてみたら、もちろんまだまだそんなことはないけれど。


「そ、そうなんだ……うん、しぃちゃんのことを幸せにできる男になるって、伝えてて」


「そんなこと伝える必要ないわ。幸太郎くんなら私を幸せにするもの」


「しぃちゃん……!」


「幸太郎くん……!」


「…………あのぉ、お風呂を借りてもよろしいでしょうか? その間にどうぞ、二人で愛し合っていてしてていいので」


 俺としほがいきなりイチャイチャを始めたからだろう。

 結月がとても困っていた。


「……そうだ、結月もいるのか。うーん、困ったなぁ」


「ご、ごめんなさい。いえ、お二人のお邪魔をしたいわけではなかったのですがっ」


「しぃちゃんが泊まるなら、結月はちょっと邪魔かな」


「うわっ、ハッキリ言いました! 幸太郎さん、本音が出てますよっ」


「うーん、でも仕方ないよなぁ……はぁ」


「せめてため息はつかないでください!」


 しほが泊まるとなって、結月が急に邪魔だと思えてきた。

 どうせならしほとだけ一緒に過ごしたかったけれど。


「……北条さん、ごめんね? 今日はやっぱりキャンプしてもらっていい?」


「良くないです! さ、さっきはお二人とも親切にしてくれたのにっ……!」


「ごめん。でも、しぃちゃんとの時間の方が大切だから」


「バカップルです! そ、そんなの酷いっ……! お願いします、どうかこの通り!」


 ――と、話がまとまりかけたその時だった。


「ふわぁ~……おはよう。って、もう夜の九時? さすがに寝すぎちゃった……あれ? なんで結月おねーちゃんと霜月さんがいるの???」


 二階から梓が降りてきた。

 夏休みということですっかり昼夜逆転した梓が、泣きべそをかいて頭を下げる結月を見つけた。


「ああ、ちょっと家のカギがないみたいだけど、しほが止まるから結月は帰るって」


「帰りたくても帰れないですよ!?」


「あずにゃん、今日はお泊り会よ!」


「わたくしのことをなかったことにしないでくださいっ」


「……どういうこと???」


 それから梓が詳しい説明を求めてきたので、結月の事情を教えてあげると……彼女が烈火のごとく怒りだした。


「おにーちゃんさいてー! バカじゃないの? 困ってる結月おねーちゃんを夜道に放りだそうとするとか、ありえないよ!!」


「……っ!?」


 義妹からの鋭い言葉が、心に突き刺さった。


「ってか、なんでおにーちゃんがこの家の主みたいに振る舞ってんの? 中山家の決定権は梓にあるんだから、まずはこっちに相談してよっ」


 そ、そうだったんだ。

 てっきり、家計も家事も何もかも担当している俺の方が、中山家の主だと思っていたけれど。


 この家では、梓が一番偉いようである――。

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