四百三十九話 スライム


 長い黒髪が印象的な大和撫子。

 それが、北条結月である。性格も奥ゆかしくて大人しい……悪く言えば消極的で主体性がないタイプである。


 なので、彼女は活動的ではない。

 少なくとも、関係性の薄いご近所さんを気軽に訪ねてくるような人間ではないのだ。


 だからこそ、彼女がいるのが不思議だった。


「ま、まずはこれをどうぞ!」


 そう言って差し出してきたのは大切そうに持っていた紙袋。

 中身を見てみると、菓子折りが入っていた。


「……ご丁寧にどうも」


「いえ! それで、折り入ってお願いがありまして」


「お願い?」


 改まって菓子折りを渡すほどの用事があるようだ。

 もしかしたら深刻な問題が起きたのだろうか……その可能性は低くない。


 だって、わざわざ俺を訪ねてきたのである。

 こんなの、ただごとじゃないに決まっていた。


 果たして彼女は何に悩んでいるのか。

 ごくりと生唾を飲んで、言葉を待つ。


 そして彼女は、こんなことを言うのだった。




「――泊まらせてくださいっ」




 …………ほら。

 やっぱりただごとじゃないようだ。


「お、俺の家に?」


「はい。幸太郎さんの家しか頼れないんです……トイレでもお風呂場でも構いません。どうか、寝られる場所を貸してください! お礼ならなんでもしますからっ」


 そんなこと急に言われても困る。

 もちろん、結月の存在が嫌というわけじゃなくて。


 説明が明らかに足りていなかったのだ。


「とりあえず、なんで――」


 どうして泊まることになったのか。

 その理由から詳しく聞いてみようかな?と、思っていたのに。


「話は聞かせてもらったわ」


 気配はなかった。

 急に背後から、しほの声が聞こえてきたかと思ったら……俺の背中に彼女が飛びついてきた。


「お、重いっ」


 反射的に受け止めると、しほが俺の背中をよじ登ってくる。

 意図せずして彼女をおんぶしていた。いやいや、どういうこと?


「重くないわ。私の体重はふわふわの綿菓子なのよ?」


 綿菓子にしては中身がギッシリ詰まっていた。

 まぁ、腰が痛くなるような重みではないので……いいや。とりあえずよいしょと背負ってから、もう一度結月に向き直る。


「…………お邪魔でしたか?」


 いきなりイチャつき始めた俺たちを見たからだろう。

 結月は居心地が悪そうにしていた。見てはいけないものを見たかのように顔を赤くしている。


「い、意外と、大胆なことをしているのですね」


「ええ。わたしと幸太郎くんはラブラブなのよ?」


「……あの、霜月しほさんがわたくしに話しかけてくれたのは、初めてなのですが」


「そんなことどうでもいいわ」


 あれ? おんぶしているから顔は見えないけど、しほの言葉が意外と攻撃的だ。

 これは威嚇モードである。


「あなた、幸太郎くんをたぶらかそうとしていたでしょう?」


 ほら、やっぱり。

 いきなり飛びついてきたのも、やきもちを妬いていたからだったみたいだ。


「たぶらかす? わたくしが?」


「ええ。そのたわわなおっぱいで幸太郎くんをメロメロにするつもりだったのでしょう!? そんなことさせないわっ」


「そ、そんなふしだらなことしません!」


 胸を押さえて反論する結月。

 しかし、しほは止まらない。今度は俺の目を塞いだので、何も見えなくなった。


「見ちゃダメ! おっぱいが潰れてたいへんなことになってるわ……あれはスライムよ! 倒したら経験値がいっぱいもらえるやつ!!」


「スライムじゃないですっ!」


 あーあ。もうめちゃくちゃだよ。

 落ち着いて結月の様子を探ろうとしたのに、しほの登場で場が荒れてしまっていた――。

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