四百四十話 強気な人には弱気。弱気な人には強気。それがしほちゃん

 とりあえず立ち話もなんなので、結月には家に上がってもらった。

 でも、彼女は立ったまま俺たちと会話するつもりのようで、部屋の隅で直立している。


 リビングのソファに座ってもらおうと促したのだけど、それを拒んだのだ。


「なんだか話しづらいな」


「……あ、そういうことですか。分かりましたっ」


 何を分かったんだろう?

 首を傾げて見ていたら、彼女は当たり前のような顔で正座した。


「腰が高いということですよね? 失礼しました、お願いする立場にも関わらず上から見下ろすなんてあってはならないですよね」


 もちろんそういうことではない。

 でも……結月はこういう子なので、まぁいいか。


 大人しそうに見えて、従順そうに見えて、自分の意見は意外と曲げない。

 彼女は結構、厄介なタイプの頑固なのだ。


 うん……俺にとって一番相性が悪いタイプかもしれない。

 幼馴染だけど、そういうわけで然程仲良くなることはなかったのである。


「ふむ、低姿勢なのは好印象だわ。なかなか話が分かりそうね」


 一方、しほの方はなんだか気分が良さそうだ。

 普段から舐められることが多いので、へりくだられるのが嬉しいのかもしれない。


 弱気な人には強気。強気な人には弱気である……彼女の小者の部分が今日はよく出ていた。


「それで、幸太郎くんのおうちにお泊りしたい理由は何かしら? 発言を許可するわ」


「はい、ありがとうございますっ」


「……むふっ」


 やっぱりペコペコされるのは満更でもないのだろう。

 さっきはやきもちを妬いていたのに、今はすっかり上機嫌に見える。


「実は今日、両親が旅行で出かけまして……まぁ、高校生なので両親がいなくても留守番くらいできるのですが……カギがないんです」


「「え」」


 つまり、結月は今――家に入れないってことか。


「な、なくしたってまずいな……両親はいつ帰って来るんだ?」


「……一カ月後です」


「「一ヵ月!?」」


 結構な緊急事態だった。

 この状態はかなりしんどいだろう。


「カギはなくしたのか?」


「それが、分からないというか……わたくし、デパートで買い物をしていたのです。夏休みだし美味しいお菓子でも食べながらゆっくりしようと思っていたのですが……その間に両親が家のカギをかけて出ていってしまったようで、カギをなくしたのか、それとも家の中に忘れたのか、分からないのです」


 ……なくしたのであれば、探したら見つかる可能性もある。

 でも、家の中に忘れたのであれば、両親が帰って来るまで取り出すことはできないだろう。


「一応、買い物に出かけた場所には連絡しました。カギがあったら電話するようお願いしています。警察にも届け出を出しました。しかし、当面の間寝られる場所がなく……お金も最低限しか持っていないので、一ヵ月も過ごすのは厳しいですっ」


「両親には連絡したか?」


「はい。でも、今は飛行機でしょうから返事はなく……ちょっと路頭に迷っています」


 結月の両親がそのことを知ったら、きっと何かしらの対策を打ってくれるだろう。

 とはいえ、先行きはどうなるか分からない。不安に思った結月は、とりあえず寝床だけでも確保して安心しようと俺を訪ねたのだろう。


 しかし……こういう時に頼るべき人は、もっと他にいるような気がするんだけどなぁ。

 たとえば、あいつとか。


「……竜崎にお願いした方がいいんじゃないか?」


 そう。竜崎なら喜んで面倒を見てくれると思ったのである。

 こういう時のあいつは頼りになりそうだけど。


「龍馬さんの家に一ヵ月も泊まったら、たぶん彼の理性が崩壊します」


 しかし……深刻な問題があるようだった。


「恐らく一線を越えるでしょうね。わたくし、迫られたら普通にそういうことをやるタイプだと思うので」



 さすが、自分で自分のことをよく分かっている。

 たしかに結月は流されやすいので……そういう関係性になってもおかしくはなさそうだ――。



・・・・お読みくださりありがとうございます! 作者の八神鏡です。

7月20日に、本作の3巻が発売決定です!!

web版とは違った展開になってきております。既読の方でも楽しめると思うので、書籍の方もぜひぜひよろしくお願いしますm(__)m

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