四百三十七話 というかまだ付き合ってなかったのかよ

 そういえば俺たちって恋人じゃないんだよなぁ。

 冷静に考えてみると、それってものすごく不思議な気がした。


「しほ、あのさ……」


「しぃちゃん!」


「あ、ごめん。しぃちゃんだった」


「よろしい。何かしら、ダーリン?」


「ダーリンは、やっぱり早い気がする……」


 まったくもってしっくりこない。

 その理由は、もちろん俺と彼女の関係性にあるだろう。


「しぃちゃん。俺たちってどういう関係性かな」


「最愛の人よ? なくてはならないもの……つまり、抱き枕みたいなものかしら」


 抱き枕って。

 表現がすごくかわいくてついつ「そうだね~」って言いそうになったけど、話したい内容はそこじゃない。


「付き合ってはないよね?」


「え? んー…………あ!」


 俺の言葉で、彼女もようやくそのことを思い出したと言わんばかりに、目を見開いた。


「もしかして、忘れてた?」


「そ、そういうわけではないわよ?」


「ちなみに付き合ってない理由は、しほが『まだ早い』って言い続けているからだったりするけど」


「ぎくっ」


 ぎくって。

 本当にかわいいのでついつい「しょうがないね~」って言いそうになったけど、やっぱりそれが話したい内容ではないのでグッとこらえた。


 付き合ってない理由って、もちろん俺にもあるよな。

 いつもこうやってしほを甘やかすから、なかなか腹を割って話せないのである。


「今もまだ早い?」


 あだ名で呼び合うくらいに親密で。

 しかも、最近はスキンシップもやけに多い。

 この距離感で『付き合っていない』は流石に通らないというか、そっちの方が不思議なくらいなのである。


「早い、わけではないわ……ただ、なんかもったいないと思って」


「もったいない?」


 ふむ。この感じだと、忘れていたわけではないらしい。

 むしろ、分かっていてあえて気付いていないふりをしていたような気がした。


 しほもなかなか悪い女の子である。

 そういうところも、好きなんだけど。


「せっかくなら、ロマンチックに告白してあげたいなぁ――って」


 そう言って、しほはうっとりとした表情で目を細めた。

 まさに恋する乙女の表情である。


「しぃちゃんが告白するの? 俺がするんじゃなくて?」


「…………されるのもいい! でも、私からやりたい!!」


「いや、ここは男の俺がやるべきじゃないの?」


「いいえ、もう男だからという理由は通らない時代よ? 女の子が告白したっていいじゃない!!」


「確かにそうだけどっ。なんとなく、俺の方からやるって流れになってなかった?」


「なってないもーん……あのね、この告白は絶対に勝てるのよ? だけど、これからの一生において『告白したのは私なんだからねっ』ってマウントを取れるのよ? このチャンスは渡さないわ」


「出た! それが本音だよね? 不純だぞ、俺はもっと綺麗な気持ちで――」


「恋なんて不純そのものじゃない」


「……なんでたまに深いこと言うんだよっ」


 何も考えていないようで、時折鋭いことを言うので対応にちょっと困ってしまう。

 恋って、たしかに不純の塊だ。それなのに清純だと言い張る俺の方が間違っているような気がしてくる。


「た、たまには俺にマウントを取らせてくれてもいいんじゃない?」


「ダメでーす。ずっと私のターンだもーん」


「そういうところが子供っぽいってキラリは言ってたんだぞ? すごくかわいくて俺は好きだけどっ」


「好きなら別にいい……あ、やっぱりダメ! 私との会話で他の女子の名前出すのは禁止よ? 嫉妬しちゃってもいいの? 不機嫌になってへそを曲げよっかな~」


「それはずるいなっ」


 …………と、言い争いめいたものが続いているけれど。

 冷静になって考えてみると、喧嘩と言うよりはただのイチャイチャだった。


 どっちが告白するかで揉めるなんて。

 付き合ってないけど、バカップルみたいである――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る