四百三十三話 あだ名問題

「霜月しほにあだ名? うーん……わがままちゃんとか?」


「却下! 嫌いっ。嫌い嫌い嫌い嫌い!! いー!」


 しほが歯茎を見せ付けるように「いー!」と言ってキラリを威嚇している。

 怒りのあまり、いつもより幼児退行していた。


 怒るのに慣れていないんだろうなぁ……そう考えると、微笑ましい行動だと思う。


「きらりんはすごくあれね。性格がキラキラしてない」


「ねぇ、名前いじるのやめてくんない? あんたにアタシの気持ち分かんの? 親にザ・キラキラネームをつけられた子供の気持ちを……! おばあちゃんが叱ってなかったらカタカナですらなく、漢字で『鬼羅離』になろうとしてたんだよ? 信じられる?」


「どうせなら『輝星(キラリ)』で良かったのに」


「それはまだ可愛いから許せるけどね?」


 ため息をついて、キラリはメガネのフレームをくいっと上げる。

 それを見て、しほも真似するように伊達メガネをくいくいしていた。ただ、動作が慣れていないのですごくぎこちない。


 キラリもその仕草が気になっているようで。


「真似しないでよ」


「まねしにゃいでよ~」


「子供かっ」


「子供じゃないわ」


「ムカつくなぁ。こーくんはよくこの幼稚なおこちゃまを許容できるね」


「それもしほの良さだから」


「…………!」


「出た。無言のドヤ顔……ってか、こーくんの一言だけで顔が真っ赤になってるし」


「こらっ。『こーくん』はやめてって言ってるでしょ?」


「やめませーん。中学時代からの付き合いなんだから、絶対にイヤだしあんたの言うことなんて聞いてあげない」


「ぐぬぬっ!」


 しほが威嚇するように八重歯を剥き出しにして唸る。

 普段は猫みたいなのに、怒ったら子犬みたいだった。寂しがっている時はうさぎみたいだし、楽しい時は小鳥みたいで、つまりは可愛いが濃縮されている存在である。


 ……こんなことを考えているあたり、俺は相当しほのことが好きなんだろうなぁ。

 バカップルと言われても仕方ないと思った。


「あ、もうりゅーくんとデートする時間じゃん」


 会話が途切れたタイミングで、スマホを確認していたキラリは慌てた様子で立ち上がった。


「デートだったんだ」


「うん。近くに公園あるでしょ? 散歩しようって約束してて……でもそわそわしてたから、ちょっと早めに来ちゃったんだよね。それで、暇つぶしに図書館で本で読もうと思ってたのに、クソガキのせいで結局読めなかったんだけどっ」


「ちょ、ちょっと! 私のあだ名『クソガキ』なの? せめてもうちょっと可愛いのがいいっ」


「……確かにクソは言い過ぎかな」


「『がっきー』とかどうかしら?」


「いい根性してるね。国民的俳優さんと同じ愛称を望むとか……まぁ、でもいいか。がっきー(笑)」


「あれ? なんだかイントネーションがおかしい気がするのだけど?」


「気のせいじゃない? じゃあ、アタシはそろそろ行くね……報われない恋心を爆発させてくるから」


「切ないこと言わないで、がんばれー」


 応援のために手を振ると、キラリはニッコリと笑い返してくれた。


「バイバイ、きらりん」


「……ふっ」


「わっ、すごい……ただ笑っているだけなのにすごく嫌いって思ったのは、竜崎くん以来だわ」


 それから、しほには嘲笑を返してから背を向ける。ふと時間を確認したら、30分くらい経過していた。

 予期せぬ遭遇だったけど、時間を忘れるくらいおしゃべりに夢中だったようだ。


「じゃあ、とりあえず図書館に入って……」


 外は暑いので、中に入って涼もうとする。

 しかし、しほは立ち上がりかけた俺の服を掴んで、引き留めた。


「あだな、決めるっ」


「え?」


「だから、あだな! 『こーくん』を越える呼び方を、ちゃんと決めるわ」


 そう言って、しほは鼻息を荒くしていた。この様子だとすぐには終わらなそうである。

 ……図書館で涼むのは、もうちょっと後になるかもしれない――。

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