四百三十一話 私と幸太郎くんは熱々なのよ。おでんみたいに!

 図書館には結構、小学校低学年くらいの子供たちが多い。

 夏休みだからだろうか。お母さんと一緒に歩く子供を複数見かけた。


 だから、しほとキラリが少し騒がしくしているのは、ちょっと居心地が悪い。

 どうにか印象を良くしようと、見られるたびに「どうも」と会釈していたら、こちらに笑って手を振ってくれた女の子がいた。


 かわいいなぁ……と俺からも手を振り返す。

 さて、あんな子供に誇れる先輩になりたいわけだけど。


「だいたい、ジャージってどういうこと? 霜月しほはこーくんが好きなんでしょ? 会うならオシャレするのが礼儀じゃないの?」


「こ、これはオシャレよ! 今流行っている気取らない系のファッションなんだからねっ」


「そんなの聞いたことないんだけど? 顔が可愛いんだから何着ても似合うくせに、サボるなんてすごく許せないなぁ」


「サボってるわけじゃないもん! 幸太郎くんが『ジャージ姿のしほが世界で一番かわいい』って言ってくれたから!!」


 いやいや。そんなこと一度も言ったことないよ。

 まぁ……でも、あながち的外れではないのか。


「ねぇ、そうでしょう!?」


「もちろん。どんなしほでも世界で一番かわいいよ」


「――あ、死ぬ。私、ドキドキしすぎて死んじゃうっ。たいへんよ、発作が起きそう!!」


「ちょっ、今!? 梓がいないから誰も治療できないぞ?」


 まずい。緊急事態だ!

 と、俺もつられてパニックを起こしかけたのだが。


「……好きすぎて死ぬって何? バカじゃないの?」


 キラリが冷めた目で突っ込んでくれたので。我に返った。

 それはそうだ。確かに、好きすぎて死んでたらこの世界は悲劇の恋で溢れている。


「ってか、こーくんも悪いところがあるんじゃない? いくらなんでも、霜月しほを甘やかしすぎでしょ。この子、このままだと普通にダメになりそう」


「……やっぱりそうかな? でもなぁ、しほがかわいいからついつい何でも許しちゃって」


「優しくするだけが子育てじゃないでしょ? 悪い部分があったらちゃんと『悪い』って言ってあげるのも教育だから」


「わ、私を子供みたいに言わないで!! でも、幸太郎くんにかわいいって言われてすごく嬉しいし、彼の子供にならなりたいというのは事実だけれどっ」


「うわぁ。バカップルじゃん……」


 キラリが俺としほのやり取りを見てドン引きしていた。

 でもそれは、嫌悪感というよりは『呆れた』という色合いの濃い発言である。


「うーむ。だけど、愛し合わないよりかはこっちの方がいいか。時間が経てば熱も冷めるだろうし、ちょうどいい具合になるんじゃない?」


「私と幸太郎はずっと熱々だもんっ。まるで……まるで、おでんみたいに!」


「ださっ! 例えがちょーつまんない」


「ださい!? 今、私のことださいって言った!? う、うわーん、幸太郎くん!! この人嫌いっ。『こっちは普通のこと言ってるだけですけど』みたいなスタンスがすごく苦手! 竜崎くんみたい!!」


「……霜月しほにとっては『りゅーくんみたい』が最上級の罵倒みたいだけど、まぁアタシにとっては普通に褒め言葉なんだけどね。あんたと一緒じゃん? 好きな人に似てくる――っていうのは」


「あんな人を好きになるなんて正気? 頭は大丈夫?」


「にゃはは……その言葉は刺さるからやめてよ」


 と、ここまでやって、ようやく二人の気分も落ち着いたらしい。

 言い争いの勢いが弱くなって、声のトーンも通常に戻った。


「……霜月しほって、意外とオシャベリじゃん。去年、同じクラスだったけどこんなに話したのは初めてかも」


 そして、キラリがぽつりとつぶやいた言葉に、俺も大きく頷いた。

 そういえば彼女は、一年の頃はものすごい人見知りだった。


 だけど今では、それもだいぶ緩和していた――。

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