四百三十話 関係ないのに可哀想な竜崎君

 二人のやり取りがヒートアップしていたせいで、図書館の職員さんがこちらを見ていた。

 もう少し経ったら注意されそうだったので、慌てて二人を外に連れ出す。


 夏なので、図書館の外は暑い。

 できれば館内に入りたいけど、二人は気温なんてどうでもいいようだ。


「浅倉さん? わたしは今、幸太郎くんと図書館デート中なのよ? 空気を見てくれないかしら?」


「ぷぷーw 空気は『見る』んじゃなくて『読む』じゃないの? もしくは『察する』とかでもいいのに、無理して知らない言葉を使おうとするからそんなことになるんじゃない?」


「く、空気はそもそも『吸う』ものなんだからねっ? どうやって空気を読むの? 浅倉さんは私に見えないものでも見えているのかしら」


「はぁ、これだから眼鏡をかけただけで頭が良くなると思っているおバカさんはダメなんだよ。屁理屈なんて言わないでくれない? 小学生じゃないんだから」


 売り言葉に買い言葉。

 まるで猫のケンカみたいに威嚇しあう二人から視線をそらして、つい空を見上げた。


 今日は快晴。

 とてもいい天気だなぁ。


 と、現実逃避する俺なんて、もう忘れてしまっているのだろう。

 二人の口論はいつまで経っても終わらない。


「と、に、か、く! 私はデート中だから、あっち行って!」


「はぁ? 別にいーじゃん。こーくんが嫌がってないんだから、ちょっとの挨拶くらいいいでしょ?」


「……その『こーくん』も禁止! わたしだって、幸太郎くんのことはまだ『幸太郎くん』なのに、一人だけずるい!」


「ん? ん~? おやおやぁ、まだ愛称で呼べない仲なのかなぁ~? ……てっきり、もうちゅっちゅしてイチャイチャしまくってる関係かと思ってた」


「ちゅ、ちゅっちゅは……たまに、してるもんっ」


「じゃあイチャイチャは?」


「イチャイチャは……毎日してるっ」


「たとえばどんなこと?」


「腕に抱き着いたりとか、頭を撫でてもらったり、撫でて挙げたり、ハグしたり……とか?」


 そう言って、しほは「そうよね?」と同意を求めるように俺を見た。

 いやいや、俺まで巻き込まないで。


「しほ。恥ずかしいから、ほどほどにしよう」


「は、恥ずかしいって何かしらっ。私とのイチャイチャは恥ずかしいことだって言うの!?」


「はいはい、ヒステリーしないで。こーくんはね、霜月しほとのイチャイチャがすごく好きだから、他人に知られてくないって言ってんの。つまり、こーくんなりの独占欲だよ? なんでそうやって男心を分かろうとせずに自分の感情を押し付けるの?」


「……正論を言わないでっ。幸太郎くん、この人きらい! や!」


 キラリは頭の回転が速いので、口喧嘩も強い。

 成績はそこそこなのに、相手を論破するのが巧みなのだ。

 こういう人を、真の意味で『頭がいい』と表現するんだと思う。


 竜崎に恋していた時は、恋に盲目になっていたけれど……最近はすっかり、前のキラリみたいに聡明で、掴み所がなくて、マイペースだった。


「子供っぽいなぁ。こーくんじゃなかったら愛想尽かされてるよ? もっと大人にならないと」


「うぐっ」


「こーくんが寛大で良かったね。普通の男子だったら、見た目がいくら可愛くてもめんどくさいから普通に振られてるんじゃない?」


「ぐぎっ」


「もうちょっと余裕を持てば、こーくんはもっと霜月しほを好きになるはずだよ? せめて、他の女子と話しているだけなのに、かまってちゃんを発動しない程度には大人になったら?」


「……うわーん! 苦手! ほんとーに苦手! すっごく合わない!! 真顔で説教する感じが私の苦手な竜崎君にそっくりで嫌いすぎる!!」


 こら。はずみで竜崎まで嫌いって言わないであげてくれ。

 あいつもちょっとは変わってるんだから……まぁ、でも言いたいことは分かるけど――。

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